🧭 発達障害(ADHD・自閉スペクトラム症)
発達障害(ADHD・自閉スペクトラム症)について
発達障害(ADHD・自閉スペクトラム症)に関する記事(全3本)を1ページにまとめました。目次から気になる項目へジャンプできます。
このページでわかること
自閉スペクトラム症は対人関係やこだわりの特性、ADHDは不注意・多動性・衝動性を特徴とする発達障害で、いずれも生まれつきの脳の特性であり、育て方が原因ではありません。診断は精神科・心療内科で行われ、症状に応じた薬物療法に加えて、日常生活の工夫やスキルの習得を組み合わせることで暮らしやすさが変わります。学習や仕事の場面に関わる「ワーキングメモリー」の特性や、職場での環境調整・向いている仕事の選び方もあわせて紹介しています。
1. 自閉スペクトラム症について
1-1. 自閉スペクトラム症とは
自閉スペクトラム症は生まれつきの脳の発達特性で、対人関係の苦手さやこだわりの強さといった特徴があり、集団生活で特性が表れやすくなります。
自閉スペクトラム症は、発達障害の一つで、生まれつき脳機能の一部に発達の遅れや偏りがある疾患です。代表的な発達障害には、自閉スペクトラム症(以前はアスペルガー障害と呼ばれていました)やADHD(注意欠如・多動性障害)があります。
自閉スペクトラム症のある方は、場の空気を読むことが難しかったり、他人への興味が薄かったりして、人付き合いを苦手とする傾向があります。また、興味や行動に偏りがあり、特定のことへのこだわりが強いという特徴もあるため、集団生活で支障をきたすことがあります。生まれつきの特性のため小さい頃から症状が見られますが、障害の程度が軽く知能に問題がない場合は「手のかからない子」と思われて見過ごされることも少なくありません。一つのことに集中することが得意なため、学業で優秀な成績を収める方も多い一方、社会人になり集団の中での協調行動や役割分担が求められる場面で特性が表れ、不適応となることがあります。
1-2. 特徴①「相手の気持ちが読めない」
場の空気や相手の意図を読み取ることが苦手で、一方的な会話になりやすいのが特徴です。
自閉スペクトラム症の代表的な特徴の一つが、社会性やコミュニケーションの障害と言われる「相手の気持ちが読めない」という特性です。会話をするとき、多くの人は無意識に相手の気持ちや表情を読み取り、それに合わせたやり取りをしますが、自閉スペクトラム症の方は「場の空気を読む」ことが苦手なため、自分の言いたいことを一方的に話したり、相手の意図をくみ取った会話がしづらかったりします。
言葉の裏にある意味や遠回しな言い方、社交辞令などをそのまま受け取ってしまうため、場にそぐわない返答をしてしまい、周囲との間に温度差が生まれることもあります。
親しい友人をつくろうとしない、または親しい関係を築くのが苦手で、一人でいることを好む傾向もみられます。周囲の人間関係そのものへの関心が薄く、集団の輪に自然に溶け込むことが少なく、周囲に合わせるより自分のしたいことを優先しがちです。そのため、チームで協力して物事に取り組むような集団行動でトラブルになることがあります。
1-3. 特徴②「こだわりが強い」
特定の物事へのこだわりが強い一方、興味のある分野では並外れた集中力や記憶力を発揮します。
もう一つの代表的な特徴が、強いこだわりです。想像することが苦手で相手の立場に立って考えることが難しく、特定の物事や手順にこだわって臨機応変な行動がとりにくい傾向があります。たとえば急に予定が変わると、この先どう展開するのか見通しが立たず気持ちが落ち着かなくなったり、ルールにこだわりすぎて必要以上に厳格になり、融通が利かなくなったりすることもあります。
そのため、変化の多い職場や部署では本来の力を発揮しづらくなります。
一方で、興味のある特定の分野には並外れた記憶力や集中力を発揮するのも自閉スペクトラム症の特徴です。子どもの頃、好きな図鑑や乗り物の名前を隅々まで暗記し、大人顔負けの知識で周囲を驚かせていたという方も珍しくありません。興味の対象は限定的ですが、好きなことには長時間・多大な労力を費やしても苦になりません。仕事の内容が興味関心に合致すると、大きな成果を上げることができます。
1-4. 二次的なうつ・不安症状について
生きづらさからストレスを抱えやすく、うつや不安などの「二次障害」を伴うことが少なくありません。
自閉スペクトラム症の方は、コミュニケーションの障害やこだわりといった特性のために周囲になじめず、理由がわからないまま怒られるなど、生きづらさを感じやすい傾向があります。そのため日常生活でのストレスを抱えて自己評価が下がり、うつ症状や不安症状などのこころの不調を併発することがあり、これを「二次障害」と呼びます。
一過性の幻聴や被害念慮など、精神病に似た症状が出現することもあります。
大人になってからうつや不安で精神科を受診し、そこで初めて自閉スペクトラム症と診断されるケースも増えてきています。大人になってうつ症状で受診した方の約11%に自閉スペクトラム症がみられたとの報告があり、対人関係の困難さ、いじめの既往、精神病様症状、29歳未満での受診という4項目が自閉スペクトラム症を疑う所見として挙げられています。
1-5. 診断と治療
診断は精神科・心療内科で行われ、根治薬はないものの、症状に応じた薬物療法と心理社会的治療を組み合わせて対応します。
診断は精神科や心療内科で行われます。特性についての聴取や幼少期の様子の問診に加え、知能検査や自閉スペクトラム症の程度を調べる心理検査を行って診断されます。自己評価だけでなく、養育者から聞く幼少期の様子が診断の決め手になることもあります。
自閉スペクトラム症そのものを根治する薬物療法は今のところありません。オキシトシン補充療法の研究が進められていますが、効果はまだ実証されておらず、現在の臨床では使用できません。こだわりや不安を和らげるために抗精神病薬が使われることがあり、一定の効果がみられます。うつや不安といった二次障害が出現した場合は、それぞれの症状に応じて睡眠薬や抗うつ薬などが用いられます。
薬物療法に加えて心理社会的治療も重要です。自分の特性を理解する、周囲の人に特性を理解してもらう、ルールやマナーを学習するといった取り組みが行われ、当院ではデイケアでのグループ療法もその一環として実施しています。
1-6. らくに生きるためのサバイバルガイド
「ふつう」を目指すよりも自分らしさとして特性を受け入れ、一般的なマナーを身につけることでトラブルを防ぎやすくなります。
自閉スペクトラム症の方が無理なく過ごすためには、「人と違う」ことを受け入れ、無理に「ふつう」を目指さないことが大切です。特性には得意・不得意の凸凹があるため、できないところを責めるのではなく、欠点も含めて自分らしさと捉えるとよいでしょう。
同時に、自分らしさを一方的に相手に押し付けず、相手にも相手なりの「自分らしさ」があることを知ることも大切です。
自閉スペクトラム症の方は、他者との距離感の取り方が周囲と異なるため、悪気はなくてもマナーに欠けると受け取られてしまうことがあります。しかし、いくつかのポイントを意識するだけでも、こうした誤解の多くは防ぐことができます。会話の場面では、話したいことを一気に話しきってしまわず区切りごとに相手にも話す番を渡すこと、ふだんより少し丁寧な言葉を選ぶことが助けになります。相手と向き合う際は、目を合わせようとするあまりじっと見つめ続けるのではなく視線を外したり戻したりを自然に繰り返すこと、体がぶつからない程度の間隔を保つことも意識するとよいでしょう。また、あくびや姿勢の崩れなど無意識の仕草は相手に「退屈している」という印象を与えやすいため注意し、話題を切り替えるときはひとこと断りを入れる、会う場面ではあいさつと一言のお礼を欠かさない、といった小さな積み重ねが、周囲との関係を穏やかに保つことにつながります(『図解 よくわかる 大人のアスペルガー症候群』より)。
社会に出るためには、自分の特性を客観的に分析し、自己理解を深めることが重要です。得意なこと、無理せず続けられること、豊富な知識のある分野に照準を合わせて、自分に合った仕事を選ぶことが望ましいでしょう。発達障害への理解や配慮のある職場が望ましいのですが、現状ではまだ障害そのものへの認知が十分でない職場も多くあります。
1-7. 職場での環境調整と、向いている仕事・向いていない仕事
感覚過敏への環境調整や、特性に合った仕事選びが、無理のない働き方につながります。
自閉スペクトラム症の方は特定の感覚に対して過敏であることが多く、障害をオープンにしている職場であれば、上司や同僚の理解を得て感覚過敏への対処をすることができます。
- 視覚過敏:パソコンの照度を落とす、サングラスを着用する、ブルーライトカットフィルムを使う
- 聴覚過敏:耳栓を使う、静かな場所で作業する
- 嗅覚過敏:マスクを着用する
- 触覚過敏:襟なしの服装を許可してもらう
- リラックスのためにガムや飴を許可してもらう
仕事を選ぶうえでは、「自分に合わない仕事を避ける」という視点も大切です。合わない環境で無理を重ねると、体調を崩す原因になりかねません。目安になるのは、仕事の進み方があらかじめ決まっているかどうかです。手順が定まっていて見通しを立てながら取り組める仕事——たとえば決められた作業を正確に積み重ねる技術職、書類や在庫のチェックのように一定の手順で進める事務・管理系の仕事、清掃のように工程が決まっている仕事——は、自閉スペクトラム症の方の集中力や几帳面さが活きやすい分野です。一方で、状況に応じてその場で判断を変えたり、複数の作業を同時に抱えながら人と調整したりする場面が多い仕事は負担が大きくなりがちです。接客や飲食の現場のように短い時間で次々と異なる対応を求められる仕事、電話や窓口で臨機応変な受け答えが続く仕事などがこれにあたります。もちろん向き不向きには個人差があるため、実際に働いてみて自分に合うペースや環境を見極めていくことも大切です。
1-8. 自閉スペクトラム症の人が生きやすくなるための工夫
メモの活用や生活リズムを整えるなど、日常のちょっとした工夫が過ごしやすさにつながります。
日常生活のなかで自分自身が気持ちよく過ごせるよう、いろいろと工夫をすることも大切です。
- 自分用のマニュアルを作る:人から指導されたことや対応のコツを自分用にまとめておき、時々見直す
- メモをとる習慣をつける:予定や買い物などをメモする習慣をつける
- スマートフォンを活用する:カレンダー、To Doアプリ、アラームなどを上手に利用する
- 自分の部屋に極力ものを置かない:ものが多いと混乱しやすいため必要最小限にする
- 一人の時間、一人の空間を大事にする
- 生活リズムを大切にする
- 没頭できる趣味や好きなものを大切にする
家族や友人・知人の理解を得て、サポートを受けていることに感謝する気持ちを持つことも大切です。当事者同士の集まりに参加し、悩みを相談できる場を持つこともよい支えになります。
出典・参考文献
「図解 よくわかる 大人のアスペルガー症候群」
「Comorbid atypical autistic traits as a potential risk factor for suicide attempts among adult depressed patients: a case-control study」
「オトナの発達障害大図解 ASDとADHDの基礎知識から社会復帰の方法まで」
「神経発達障害のすべて(こころの科学 増刊号/DSM-5対応)」
2. 大人のADHDについて
2-1. 大人のADHDとは
ADHDは子どもの頃から続く脳の機能的な特性で、治療とスキルの練習によって症状を改善させることができます。
ADHD(注意欠如・多動性障害)は発達障害の一つで、子どもの頃から症状がみられ、大人になっても症状が残ることがよくあります。公表している著名人も複数いらっしゃいます。知的障害とは異なり、性格が怠惰というわけでもなく、脳の機能的な障害だと考えられています。
集中したり複雑な物事をやり遂げたりすることが難しい場合がありますが、治療や対処スキルを学び、継続して練習することで症状を改善させることができます。
2-2. 大人のADHDの主な症状
「不注意」「多動性」「衝動性」の3つが主な症状で、そのうち1つが強く表れることもあります。
ADHDには「不注意」「多動性」「衝動性」という3つの主症状があり、そのうち1つが強く表れる場合もあります(注意欠如優位型、多動性優位型)。社会人になると、締切や期限に間に合わない、やるべきことがあるのに関係のないことを始めてしまう、物をよくなくす、ミスが多い、片付けられない、待ち合わせに遅れる、思いつきで行動するといった形で表れます。
- 不注意:気が散りやすく話や作業に集中し続けることが難しい、面倒なことや退屈な作業を避けたくなる、物事の段取りや計画を立てるのが苦手、一つの作業から次の作業へ気持ちを切り替えにくい
- 多動性:じっと座っているより動いていたい気持ちが強い、会議や乗り物の中など静かにしている場面が苦痛に感じられる、常に何かしていないと落ち着かない
- 衝動性:順番を待つことが苦手、相手の話が終わる前に答えてしまう、思ったことをその場で口に出してしまう、後になって「言わなければよかった」と感じる行動をとってしまう
これらの症状が12歳までに現れ、日常生活や学校・職場で支障をきたしているものがADHDと診断される対象になります。
2-3. 「誰にでもある症状」とADHDの違い
誰もが経験する注意散漫さと違い、ADHDは複数の場面で強い症状が続き、社会生活に支障が出ている状態を指します。
注意散漫になったり、順序立てて物事ができなかったり、興味のないことに集中できないと感じることは、多くの人にとって身に覚えがあるでしょう。こうした誰にでも経験することと、ADHDの症状とは区別して考える必要があります。
医学的にADHDと診断されるには、家庭・仕事・友人関係など「2つ以上の場面」で症状が出ており、その程度が強く「社会生活に支障をきたしている」ことが条件となります。また大人の場合、その症状が他の精神疾患によって引き起こされたものではないこと、12歳未満から症状が出現していることも重要な判断材料です。そのため、家庭内だけ、職場内だけで症状が起こる場合や、大人になって初めて症状が出た場合は、別の原因が考えられます。
2-4. ADHD症状が日常生活に及ぼす影響
子どもの頃からの失敗体験が積み重なり、否定的な感情やうつ・不安を伴いやすくなります。
注意が散漫になる、順序立てて行動できない、課題を最後までやり遂げることが難しい、衝動的に行動してしまうといった症状は子どもの頃から現れるため、成長する過程で失敗体験を重ねやすくなります。学校での成績不振や対人関係のつまずきから、「自分はだめな人間だ」「何をやってもうまくいかない」と過度に否定的な感情を持ってしまうこともあります。
こうした状態が続くと、大人になって気分障害や不安障害を併発することがあり、憂うつ感や罪悪感、不安、怒りといった感情がコントロールできなくなって精神科を受診するというパターンがよくみられます。ADHDの症状は大人になって改善する部分もありますが、持続する部分もあるため、職場でやることを忘れる、優先順位がわからない、ものを置き忘れる、やるべきことを直前までやらないといった行動から上司や同僚とのすれ違いが続き、体調を崩してしまうこともあります。うつや適応障害で受診した方が、実はADHD症状による不適応が背景にあるということも少なくありません。
2-5. 治療は有効か
確立された薬物療法があり中核症状の軽減が期待できますが、生活スキルの練習と組み合わせることが大切です。
大人のADHDには確立された薬物療法があり、日本でも使用でき、一般の精神科で処方される機会も増えてきています。薬物療法によって注意の持続困難、多動性、衝動性といった中核症状を軽減でき、およそ7割程度の改善が報告されていますが、症状が完全になくなるわけではありません。
薬物療法はADHDの主症状を和らげる効果がある一方、具体的な対処法やスキルを身につけさせるものではないため、それを補う日常生活の工夫やスキルの練習が必要になります。身につけたいスキルとしては、ノートやカレンダーの使い方、To Doリストの活用、服薬確認表、書類整理の仕方、集中できる環境づくり、家族や周囲の協力を得ることなどが挙げられます。薬物療法と日常生活の工夫を組み合わせることで、症状の改善と生活の質の向上を目指します。
2-6. 生活スキル①:スケジュール管理と書類整理
予定や書類の情報を1か所にまとめ、「見える化」する仕組みづくりが基本になります。
物事を順序立てて計画するには、予定やメモをあちこちに分散させず、1つの手帳やアプリに集約することが基本になります。
- メモ用紙に書いたことも、後で必ず手帳やカレンダーに転記する
- やることリストを作り、朝と夜など決まったタイミングで定期的に見返す習慣をつける
- 週の初めや週末に、その週の予定をまとめて確認する時間を作る
- 口約束をした予定もその場ですぐに書き留める
- デジタル管理が得意な人はアプリを、苦手な人は紙の手帳を選ぶなど、自分に合った方法を選ぶ
書類の整理については、「片付ける」よりも「増やさない」という考え方が役立ちます。届いた郵便物や書類はその場で目を通し、必要なものだけを残してすぐに要・不要を判断する習慣をつけると、書類が溜まりにくくなります。保管する場合も、期限のあるもの・情報として残すもの・処分してよいものを大まかに分けておくと管理しやすくなります。支払いや提出期限があるものは後回しにせずその場で処理することが、ものを溜め込みやすいADHDの方にとって特に重要です。仕組みはできるだけシンプルにしておくと続けやすくなります。
2-7. 生活スキル②:集中できる環境づくりとなくし物対策
気が散る要因をあらかじめ遠ざけ、物の置き場所を固定することが対策の基本です。
自分がどのくらいの時間なら集中を保てるかを普段から把握しておくと、作業の計画が立てやすくなります。気持ちがそれてしまったときは、「これは今やるべきことだったか」と自分に問いかけ、作業に意識を戻す練習をするとよいでしょう。
- スマートフォンは視界に入らない場所に置き、通知はオフにしておく
- 使わないアプリやブラウザのタブは閉じ、テレビもつけたままにしない
- 作業スペースはあらかじめ片付けておく
- 今は集中したい時間であることを周囲にひとこと伝えておく
なくし物対策としては、日常的によく使うものごとに「置く場所」を1つに決め、それ以外の場所には置かないというルールを徹底することが基本になります。予定を忘れないためには、スマートフォンのアラームやリマインダー機能を活用したり、ゴミ出しの日など決まった予定を目につく場所にメモしておいたりする方法も役立ちます。こうした工夫は一人で完璧を目指さず、家族に協力してもらうことも大切です。一緒にルールを決めたり、うまくいっているかどうかを周囲から教えてもらったりすることも、症状の改善につながります。
2-8. よくある困りごとへの対策
締め切りや約束忘れ、生活リズムの乱れなど、よくある困りごとにはそれぞれ具体的な対処法があります。
大人のADHDでは、いくつかの典型的な困りごとがみられますが、それぞれに具体的な対処法があります。
- 締め切りギリギリになる・遅れる:身支度などにかかる時間を実際に測って可視化し、目標時間から逆算して見積もる。他のことに気を取られないよう対策し、ToDoリストを習慣化する
- 約束の日時を忘れる:スケジュール帳やスマホのカレンダーを使い、何でも頭で覚えようとせず書き出して「見える化」する。バーチカルタイプの手帳など自分に合った形式を選び、1日2回は見る習慣をつける
- 生活リズムが乱れる(寝るのが遅くなるなど):夜更かしの背景は人によって異なるため、まず自分がどのパターンに近いかを振り返ることが対策の第一歩になる。日中やるべきことを後回しにして夜に慌ててしまう人は早めに取りかかる工夫を、ネットやゲームに没頭して時間を忘れてしまう人はあらかじめ終了時刻を決めてタイマーをかけることを、予定を詰め込みすぎてしまう人は無理のない範囲まで活動量を減らすことを、それぞれ意識するとよい
- やることが多すぎてパニックになる:ToDoリストに優先順位をつける(緊急性の高いもの、重要なもの、片付けるとやる気が出そうなものの順)。「今日は3つだけ」と決めて集中し、タイマーを使って作業と休憩を区切る
- やるべきことになかなか取りかかれない:大きな仕事を時間・空間・個数で小さく分解する、気が散る物を遠ざける、事前に手順やルールを決めておく、一緒に頑張る仲間を見つける、楽しいこととペアで取り組む、終わったらすぐ手に入るご褒美を用意する
出典・参考文献
「大人のADHDの認知行動療法 本人のためのワークブック」
「ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック」
3. ワーキングメモリーについて
3-1. ワーキングメモリーとは
ワーキングメモリーは、目的のために必要な情報を一時的に覚えておく記憶の働きで、日常生活のさまざまな場面で使われています。
ワーキングメモリーとは、今取り組んでいる作業に必要な情報を、頭の中に一時的に置いておきながら処理する働きのことです。そこに弱さがあると、学習や社会生活で困難が生じることがあります。たとえば、2階に財布を取りに行ったのに何を取りに行ったか忘れてしまい、元の場所に戻ってようやく思い出して再び取りに行く、という経験は誰にでもあるものですが、これは一時的に情報を覚えておくことに失敗した例です。
特に子どもが学習する際に重要な働きをしていることが多くの研究から明らかになっており、大人になっても、スマホをいじりながら配偶者の話を聞く、料理をしながら子どもの様子を見るなど、何かをしながら別のことをするときにワーキングメモリーが働いています。
ワーキングメモリーの主な働きは、①物事の優先順位をつけて情報を処理すること(関係のない情報は無視し、必要な情報から処理できるようにする)と、②情報を利用して作業できるよう一時的に保管しておくことです。日常生活では、メール、SNS、留守番電話、ニュースなど日々押し寄せる情報を管理し優先順位をつけるうえで役立っています。ワーキングメモリーの働きが弱いと日常生活に支障が出ることがあり、子どもでは学習の困難を抱えることがあるため、適切な支援が必要です。
3-2. 子どもにおいてワーキングメモリーがエラーすると何が起こるか
指示を忘れる、計算でミスをするなど、ワーキングメモリーのエラーは学習面のつまずきにつながります。
ワーキングメモリーが弱い子どもは、先生が口頭で出した「教科書を開いて、22ページの2番を解いて」という指示のうち、最初の「教科書を開いて」までしか覚えていられず、次に何をすればよいか分からなくなることがあります。同様に、繰り上がりのある筆算では、繰り上げた数を頭の中に置いたまま次の桁の計算に移る必要があるため、繰り上げた数自体を忘れてしまい計算ミスにつながることも珍しくありません。
「大事なことはメモしなさい」という助言もよく聞かれますが、メモを取るという行為自体にワーキングメモリーを使うため、鉛筆やノートを探しているうちに肝心の内容を忘れてしまうことがあります。学校から帰ってすぐ着替えるよう言われても、制服をどこに置いたか忘れて部屋のあちこちに脱ぎ散らかしてしまうのも、「着替える」という次の動作に注意が向いた瞬間に、直前の動作の記憶が押し出されてしまうためです。体育の授業で見本の動きの順番を覚えられないなど、生活・学習・日常のあらゆる場面でワーキングメモリーが働いており、そのエラーに着目することで対応の工夫ができます。
3-3. ワーキングメモリーの特徴
「保持」と「処理+保持」の2種類があり、長期記憶とも密接に関わっています。
ワーキングメモリーには「保持」と「処理+保持」があります。何かを覚えておくことを情報の「保持」と言い、何かをしながら同時に何かを覚えることを「処理+保持」(マルチタスク)と言います。鍋に火をかけて掃除をしていたら鍋のことを忘れてしまう、話が盛り上がって元々何の話をしていたか思い出せなくなる、といったことは、処理が加わったために保持に失敗したケースです。
ワーキングメモリーと長期記憶は区別されますが、関係は深いものです。長期記憶とは長く覚えていて忘れることのない記憶のことです。たとえば「文房具コーナーで消しゴムとのりを買ってきて」と頼まれたとき、その二つの品名はワーキングメモリーで一時的に保持しながら売り場へ向かいますが、「消しゴム」や「のり」がどんな見た目のものかという知識自体は長期記憶にあたります。買い忘れてしまっても、その品物が何であるかという記憶自体が失われるわけではありません。学習ではこの二つが密接に関係しており、実在しない言葉より実在する言葉の方が覚えやすいのも、長期記憶の知識がワーキングメモリーを支えているためです。ワーキングメモリーに困難があってもゲームのキャラクターなど好きなことは覚えられるのは、その分野の長期記憶が蓄えられているからで、「最初はゆっくりでも、一旦わかれば良く理解できる」という自己理解にもつながります。
3-4. ワーキングメモリーは年齢により変化する
覚えられる情報量は10代後半から20代前半ごろをピークに緩やかに低下していくため、大人が子どもに指示を出す際は情報量を絞る配慮が必要です。
その場で聞いた言葉をどれだけ多く覚えられるかを調べる課題を行うと、幼いうちはあまり多く覚えられず、成長とともに得点が伸びていき、10代後半から20代前半ごろに最も高くなります。そこをピークとして、その後は加齢とともに少しずつ得点が落ちていくため、年齢を重ねると一度にたくさんのことを覚えにくくなったと感じやすくなります。
このような特性から、子どもは大人に比べて一度に覚えられる言葉数がかなり少なくなります。大人が子どもに指示を出す際は、自分が覚えられる数よりもかなり少ない情報量に絞る必要があります。ワーキングメモリーには個人差もあり、同じ学年の子どもの間でも数年分に相当する差が生じることがあります。「一度しか言わないからしっかり聞いておいてね」という声かけは、ワーキングメモリーに弱さのある子どもにとっては達成が難しい要求になりやすいため、覚える習慣を育てたい場合は、指示を書いたカードをいったん隠してから内容を言わせてみる、といった工夫が有効です。読み書きに困難のある方は、そうでない方に比べて課題の得点が全体的に伸びにくい傾向があるため、メモを取ろうとしても文字を読むこと自体に負担がかかって活用しづらい、新しい作業の手順を覚えることが難しい、といった点を想定して接するとよいでしょう。
3-5. ワーキングメモリーの働きを妨げるもの
刺激の多い環境や不安などの情動面の変化、複数作業の同時進行がワーキングメモリーの働きを妨げます。
ワーキングメモリーの働きは、さまざまな理由で十分に発揮できなくなります。睡眠不足や疲労はもちろん、大勢の前で話すときにうまく話せるか心配で頭が真っ白になる、気にかかることがある、落ち込んだ気持ちや大きな不安があるなど、情動面の変化がある場合も、それらがワーキングメモリーの一部を占めてしまい、他の情報を処理するスペースが減ってしまいます。
- 刺激の多い状況:周囲の物音や光は意識してがんばっても遮断しきれないことが多く、集中したい作業の前には環境そのものを静かに整えておくほうが効果的。作業中に電話が鳴ったり声をかけられたりすると、そのたびに注意を切り替える必要が生じ、働きが一時的に低下する。初めて経験する場面や見慣れない情報も、処理の負荷を増やす要因になる
- 学習していることと同じ種類の情報:数を数えている時に横から別の数字が聞こえてくると釣られて間違えるなど、同じ種類の情報だとワーキングメモリーに干渉しやすい
- マルチタスク:複数の情報を並行して処理する状態で、不安や余分な情報、新しい情報と本来の課題が同時にワーキングメモリーを占めるため、できるだけシングルタスクになるよう工夫するとよい
3-6. ワーキングメモリーの負担を減らすための方法
「覚えずに済む仕組み」を作ることが、日常生活での負担を減らす鍵になります。
日常生活での工夫としては、「覚えずに済む仕組みを作ること」が鍵になります。
- 目的と条件を可視化する:片付け中に別のことを始めてしまわないよう「片付け」とメモを見える場所に貼る、「4時まで」など時間も書き込んで集中できる時間を設定する
- 作業する時に分類してから取り組む:洗濯物を干す前に干し方ごとに分類しておくと、その都度考えずにテキパキ進められる
- 長期記憶を活用する:語呂合わせ(記憶のフック)や、知っているものと関連づけて覚える
- 注意の焦点化を適切にする:大事な部分を枠で囲って目立たせる、不要な部分は消したり抜き出したりする
- 「見える化」で覚えないようにする:冷蔵庫に買い物リストを貼る、携帯のメモに入れる
- 習慣化(ルーティン)で考えなくても済むようにする:スマホのリマインダーやアラームを、送迎時間やゴミ出し日、薬の時間などに活用する
- 「トリガー」とセットで覚える:毎日の決まった行動の前後に翌日の予定を確認する、または予定確認用のアラームをかける
- まとまりで覚える:電話番号などは数字を塊にして覚える
3-7. ワーキングメモリーを鍛えることはできるか
直接的なトレーニングでの向上は難しい一方、運動や質の良い睡眠、ゲームを通じた工夫の発見が役立ちます。
ワーキングメモリー(WM)は学習だけでなく家庭や仕事でも重要なため、弱さがあると「トレーニングで強くすればいい」と考えがちですが、実際には簡単ではありません。腹筋運動をどれだけ続けても、それだけでゴルフのスイングが上達するわけではないのと同じように、特定の課題の成績が伸びても、日常生活全般の困りごとの解消には結びつきにくいためです。
一方で、運動や質の良い睡眠はワーキングメモリーに良い影響を与えることがわかっています。
WMには言語と視空間という2つのルートがあります。言語WMは言葉・数・文章を一時的に保存する働きで、たとえば商品名を声に出したりリズムで覚えたりする工夫に役立ちます。視空間WMはイメージや空間配置を保持する働きで、商品を店に並べる作業などに生きます。また、処理しながら記憶することは負担が大きいため、「覚える」と「処理する」の作業を分けるとよいでしょう。長期記憶と短期記憶は別のものなので、短期記憶は忘れやすいという前提に立ち、「見える化」や繰り返し、意味づけやストーリーづけによって長期記憶に移行させる工夫が役立ちます。
トランプを使った神経衰弱のようなカードゲームやボードゲームは、自分と他のプレイヤーがめくったカードの数字と位置を覚える必要があり、ワーキングメモリーの働きを強く要求します。こうしたゲームでワーキングメモリー自体を直接鍛えられるわけではありませんが、自分の個人差に気づき、語呂合わせや視覚イメージといった覚え方の工夫を学ぶきっかけになります。ワーキングメモリーに弱さがある子どもは苦手意識から嫌がることもあるため、無理強いはせず、ルールを簡略化したりカードの枚数を減らしたりして、成功体験を意識した工夫をするとよいでしょう。ボードゲームやN-back課題を元にしたスマホアプリも注目されていますが、これらもWMを直接鍛えるものではなく、記憶や注意の使い方を楽しみながら学ぶ機会と捉えるのがよいでしょう。
3-8. ワーキングメモリーの弱さと付き合う方法
自分の力で変えられる部分と、簡単には変えられない部分とを分けて考え、日々の習慣や工夫で補っていくことがストレス軽減につながります。
ワーキングメモリーに弱さのある方は、わからないことに直面すると不安や混乱からパニックになってしまうことがあります。そんなときは「新しいことは最初ゆっくり理解するけれど、いったんわかれば普通にできる」という心構えを持っておくと、安心感が生まれやすくなります。
「時間はかかっても、いずれできるようになる」という見通しを持てると、自分はやればできるという感覚が芽生え、前向きに取り組みやすくなります。
ワーキングメモリーの働きを支えるためには、日頃からの生活習慣も大切です。特に適度な運動と質の良い睡眠は、ワーキングメモリーの維持や向上によい影響を与えることが研究でも示されており、毎日の習慣として意識的に取り入れるとよいでしょう。
無理に変えようとする部分と、工夫で補う部分とを分けて考える視点も重要です。ワーキングメモリーの容量には個人差があり、すぐに変えることはできません。しかし、作業を小分けにする、図や表で情報を「見える化」するといった工夫は自分自身で取り組めます。そうした補助的な方法を取り入れることで記憶への負担を減らし、よりスムーズに行動できるようになります。自分の特性を理解し、できる方法で対応していくことが、ストレスを軽減し前向きな日常生活へとつながっていきます。
出典・参考文献
「教室の中のワーキングメモリ 弱さのある子に配慮した支援」
「脳のワーキングメモリを鍛える!情報を選ぶ・つなぐ・活用する」
4. 関連情報:アンガーマネジメント
ADHDの特性から怒りのコントロールが難しいと感じる方へ。
アンガーマネジメントのページを見る