🕊️ レジリエンス(喪失・困難を乗り越える力)
レジリエンス(喪失・困難を乗り越える力)について
レジリエンス(喪失・困難を乗り越える力)に関する記事(全3本)を1ページにまとめました。目次から気になる項目へジャンプできます。
このページでわかること
喪失体験や災害、極限状況など、人生の困難にどう向き合い、どう立ち直っていくかをテーマにまとめています。大切な人やものを失ったときの心理プロセスと支え方、災害報道による不安と向き合いレジリエンス(心の回復力)を鍛える具体的な方法、そして強制収容所を生き抜いたフランクルの思想から、困難を乗り越える力について紹介します。
1. 対象喪失について
1-1. 「ロス」という言葉と喪失体験
「ロス」という言葉が広く使われるようになった背景には、大切な存在を失う喪失感がだれにでも起こりうる普遍的な体験であることがあります。
「ペットロス」など、親しい人やペットを失った喪失感や、好きだったドラマやテレビ番組の終了による喪失感を「ロス」という言葉で表現することがあります。○○ロスという表現はペットロス症候群から引用されており、2013年に放送されたNHK連続ドラマ「あまちゃん」の終了を惜しむファンによって「あまロス症候群」という言葉が流行語大賞にノミネートされたこともあります。
ペットロスとは、ペットとともに過ごすことで培われた深い愛着・愛情が、突然訪れるペットの死によって行き場をなくし、悲嘆反応に陥ることをいいます。愛情の対象を喪失することで起きる抑うつのことを悲嘆反応と呼び、それが慢性化し強い症状が出現した状態をペットロス症候群といいます。
人生の歩みのなかで、私たちはさまざまなものを失いながら生きています。喪失することは大変つらい出来事ですが、自分にとって心から大切と思えるものが存在したということでもあるので、喪失のある人生が必ずしも不幸とは言えません。しかしながら、かけがえのない人を失ったときなどの喪失体験はときに心身に深刻な悪影響を及ぼす可能性もあるため、決して楽観視してはいけません。
1-2. 人生における喪失の代表例
死別をはじめ、ペットの死、離婚や失業、身体の一部を失うことまで、人生には数え切れない喪失体験があります。
人生においてあらゆる喪失と無縁ではいられません。軽いものから大きなものまで数え切れない喪失を経験します。最も深刻な喪失体験の一つに、大切な人との死別があります。
年を重ねるほど経験し、祖父母、親、きょうだい、配偶者、親しかった友人知人などが旅立っていきます。配偶者に先立たれる割合は女性の方が多く、その理由として平均寿命は女性が長いこと、夫のほうが年長であることが挙げられます。
子どもにとっての初めての重大な喪失体験はペットの死であることも多いです。ペットは家族の一員と呼ばれるほど多くの人にとって大切な存在で、犬や猫の平均寿命は14、15歳といわれており、やがてその死に直面することとなります。離婚、失恋、失業といったことも喪失体験を伴う人生のイベントであり、老化や病気、けがで身体の一部を失うこと、介護や病気による社会的役割の喪失もまた喪失体験の一つといえます。
1-3. 重大な喪失(対象喪失)の5つの分類
重大な喪失は「人物」「所有物」「環境」「身体の一部」「目標・自己イメージ」の5つに分類され、重複するとダメージが大きくなることもあります。
「重大な喪失」とは、個人的に思い入れのある何かを失うことで、対象喪失とも呼ばれ、次の5つに分類されます。
- 人物の喪失:家族など大切な人、離婚、失恋、親友との不和、子離れ、親しい人との別離、好きだった芸能人やスポーツ選手の引退
- 所有物の喪失:大切にしていた物の紛失、ペットの死、財産や地位を失うこと。子どもにとってはお気に入りのぬいぐるみや毛布、おもちゃなどであることがある
- 環境の喪失:進学や就職、転勤、結婚、施設入所などに伴い生まれ育った故郷や住んだ家、通いなれた学校や職場を離れること。高齢者にとっては長年住み慣れた家や土地を離れることは重大な喪失となりうる
- 身体の一部の喪失:病気やけがによる手足の切断、失明、聴覚の喪失など身体の一部を喪失すること
- 目標や自己イメージの喪失:自分の掲げた夢や目標、自信、思い描く自己イメージ、アイデンティティ、理想を失うこと。想定した未来や生きがいを失うこともある
一つ一つは人生を揺るがすほどの強烈な喪失ではなくても、重複する喪失は予想以上のダメージをもたらすことがあります。
1-4. 大切な人を喪失したときの心理プロセス
喪失後の心理は、現実を受けとめられない時期から、新しい日常を歩み始める時期まで、いくつかの段階をたどっていきます。
大切な人を喪失したとき、人はどのような心理プロセスを経ていくのでしょうか。「死別後シンドローム」で紹介されている喪のプロセスは、次のような段階をたどります。
- 現実を受けとめられない時期:死の事実が伝えられたときに頭が真っ白になって何も考えられないような状態。冷静でいられず、振り返っても何も覚えていないこともあり、動悸や緊張による身体のこわばり、息苦しさを感じる人もいる
- 感情が大きく揺れ動く時期:不安や心細さが押し寄せ、なぜあの人がという怒り、自分のせいではないかという自責、もっと大切にできたのではないかという後悔、まだ死んでいないという認めたくない気持ちが入り混じる。信頼できる誰かに話したいという気持ちと、どうせ誰にもわからないだろうと引きこもっていたい気持ちの間を揺れ動く
- 気持ちが沈み込む時期:強い感情が一段落すると、この時期に入る。葬儀やその後の処理が終わって一段落すると疲労が募り、改めていなくなった事実を突きつけられて気分が落ち込み、空虚感や意欲の低下、人と会いたくないという心境が続く。少しずつ現実と向き合えるようになるまでの準備期間であり、時に年単位で続くこともある
- 少しずつ現実と向き合えるようになる時期:少しずつ亡くなった事実を仕方なしに受け入れ、悲しみの気持ちにわずかに隙間が生まれて受け入れの準備ができるようになる
- 新しい日常を歩み始める時期:亡くなった人との新しい関係が完了し、新たな自分を生きていく段階。ともに過ごした日々を思い出しても感情が大きく揺さぶられることがなくなっていく
1-5. 喪失がもたらす心身への影響
大切な人との死別は身体・精神両面の不調やアルコール問題、死亡率の上昇にもつながることが調査で示されています。
大切な人が亡くなれば誰でも悲しみにくれ、かけがえのない人との死別ほど辛く絶望するものですが、時間がたつとともに次第に辛さは和らいできます。しかし、いくら時間が経過しても苦しみがいっこうに和らがない場合や、むしろ次第に悪化し体調を崩してしまう場合もあります。
大切な人を亡くしたあとには、頭痛・腹痛・胸の痛み・動悸・息苦しさ・めまい・食欲低下といった身体の不調が出やすく、配偶者を亡くした人はそうでない人の3倍近くこうした症状が出やすいとされています。悲しみ・怒り・不安・罪悪感・絶望・孤独感・喪失感・自責感といった精神の不調も、気づかないうちにきたすことが多いです。
死に別れた後からアルコールが手放せなくなる人も多く、特に子どもを亡くした人で発症割合が高いともいわれています。配偶者との死別後の健康状態を調べたある調査では、65歳以上の女性・男性ともに配偶者との死別を経験するとそうでない夫婦に比べ死亡率が高くなるという結果が示されています。1年以内に配偶者と死別した男性と、子どもを亡くした親の自殺率が高いこともあり、ケアが必要な場合があります。
死別に伴う悲しみや気分の落ち込みは、人の通常の反応として扱われ、疾患や障害とはみなされていません。喪の作業は文化・宗教的な文脈の中で行われていくものであるため、疾患として扱うことには議論が分かれるところです。しかし、重大な喪失体験によってうつ病や他の精神疾患に罹患することもあります。配偶者との死別に関する研究では、うつ症状を呈する人の割合が、死別から半年で42%、2年で27%に低下し、2年半には18%まで低下するとの報告があります。時間の経過とともにうつ症状を呈する人の割合は低くなりますが、2年半後においても10%台の人がなお残るといえます。
1-6. 遷延性悲嘆症とは
強い悲嘆が6か月以上続き日常生活に支障が出る状態は「遷延性悲嘆症」としてWHOにより定義され、2022年に運用が開始されました。
悲しみと病の境目は、「程度」と「期間」で区別します。死別反応として、別れの悲しみだけでなく、死を受け入れることができない思い、自分の一部を失ったような虚しさ、人生に前向きになれない状態、失ったことへの怒りなどの苦しみにより、日常生活を送れなくなるくらいの「程度」が、少なくとも6ヶ月以上の「期間」続く状態を、WHOは遷延性悲嘆症と定義し、2022年に運用が開始されました。
この状態にある人は、欧米の調査では10年以内に大切な身内を亡くした成人の約10%にのぼるとされており、国内でも同様の報告があります。遷延性悲嘆症の場合は、うつ病に準じた治療が行われることもあります。
遷延性悲嘆症評価尺度(PG13)などでは、かけがえのない人との死別を経験後、毎日亡くなった人のことを考え心の痛みを感じることがあり、日が経っても和らがない状態が6ヶ月以上続き、次のような症状があるかどうかが目安とされています。
- 亡くなってしまったことを思い出させるようなことを避けることがある
- 時間が経っていても、亡くなったことについて愕然としたりショックを受けることがある
- 人生における自分の役割が混乱したり、自分の心や体の一部が死んでしまったような感覚がある
- 時間が経っていてもその人を失ってしまったことを受け入れることが困難である
- 他人を信頼することができなくなった
- 時間が経っても、失ったことに対してつらく苦しい思いが続く
- 前向きに生きること(新しい友人を作ったり、何か新しいことに興味を示すこと)が今は難しいと感じる
- その人を失ってから感情が麻痺しているように感じる
- その人を失ってから、人生は満たされない空虚で無意味なものと感じる
- これらの症状のため仕事や日常生活(家事など)が、明らかに以前よりできない
1-7. 遷延性悲嘆症から立ち直るために
喪のプロセスを知っておくこと、自分の気持ちを表現すること、信頼できる人に話を聞いてもらうことが、立ち直りの助けになります。
大切な人との死別では、感情の嵐に圧倒されることがしばしばあります。それを自分の心で支えられないこともあり、忙しさで気を紛らわせたり見ないようにすることもあります。まず、喪のプロセス(現実を受けとめられない時期→感情が大きく揺れ動く時期→気持ちが沈み込む時期→少しずつ現実と向き合えるようになる時期、なかでも気持ちが沈み込む時期がもっとも長い)を前もって知っておくと、自分がどの段階にいるかがわかり、自分の感情に圧倒されても混乱することを防ぐことができます。
自分ではどう感じているかを意識することも大切です。自分の否定的な感情を抑え続けると、悲しみや怒りが行き場を失い、自分の心身を痛めつけることがあります。自分は今どう思っているのか、怒っているのか悲しんでいるのか、自分に問いかけてみるとよいでしょう。自分の気持ちを認めたら、それを口にして表現してみる、書き出してみる、誰かに言ってみるといったことも助けになります。信頼できる人に話を聞いてもらい、否定されることなく「話を聞いてもらう」「わかってもらう」ことは、立ち直ることの第一歩となり大きな意味を持ちます。似た境遇の人と語らうことは、人間が本来持つ「つながり」の力を回復させ、喪のプロセスを進ませます。お墓や仏壇で亡き人に向かって話しかけたりお花を手向けたりして、亡くなった人と対話することも、見守ってくれているイメージや笑顔が思い浮かぶとつながりを感じる助けになります。
1-8. 周りの人ができること
批判や急かすことを避け、本人のペースを尊重しながら社会との橋渡し役になることが、周囲にできる支えです。
身近な人が遷延性悲嘆症で苦しんでいた場合、周囲の人はどうしたらよいでしょうか。不用意な一言で相手を傷つけたくないと考え距離をとったほうがよいと考えたり、長期間悲しみに浸り自宅にこもる様子を見てもどかしく感じたりするかもしれません。
亡くなった直後や節目にはなるべく家族のそばにいること、葬儀や手続きの準備で忙しく悲しむ暇がないという場合には悲しみが後回しになり喪の作業ができず遷延性悲嘆症となる可能性があるため、煩雑な手続きを手伝うことなどが挙げられます。
悲しみが長引いている人に対しては、まずは親しい人の間で何を話しても大丈夫という雰囲気を作ること、自分が悪かったのではないかと自責的になりやすいため批判や批評で本人を傷つけないよう配慮すること、言葉にあたたかさを込めること、喪のプロセスには個人差があり悲しみが長引いて何年もかかる人もいるため急かさないこと、その人が孤立しすぎないよう社会との接点となること、辛かった気持ちだけでなく幸せだった思い出も共有すること、そして周囲の人自身が亡くなった人を尊重すること(冗談でも亡くなった人への愚痴は避ける)が大切です。
1-9. ペットロスへの対処
ペットロスは人間の死別と同様の喪失体験であり、儀式や思い出の共有を通じて喪のプロセスを進めることができます。
現代の生活ではペットはただの犬や猫ではなく、大切な家族の一員ともいえる存在で、ペットが亡くなると人間と同様の喪失感を感じるのは自然なことです。「時間が経てば忘れる」というよく言われる言い回しは、悲しみにくれるペットの飼い主を動揺させることが多いですが、解決に必要な重要な要素の一つでもあります。
ペットの喪失を取り巻く感情は人間の死別のときと同様であることを理解し、それを受け入れて前向きな解決法に集中していくことが大切です。
儀式は癒しを助けるとされ、ペットの葬式を行ったり、記念碑のようにペットの思い出に木や植物を植えたり、フォトアルバムを作って家族で共有し、ペットと過ごした楽しさを思い出しポジティブな記憶を強化したりすることが、喪のプロセスを前進させます。宗教的な信仰がある場合は、祈りや拝みなど自分の精神的信念から慰めを求めることも助けになります。子どもたちにも死にゆく過程やケアに関わってもらい、儀式に参加できるようにするなど、事前にペットの死に備えておくこともすすめられます。古いペットの弔いを終え、新しい動物を迎え入れる準備が整うまで待つことも大切です。
出典・参考文献
「喪失学 「ロス後」をどう生きるか?」
「死別後シンドローム 大切な人を亡くしたあとの心と体の痛み」
「Coping with Losing a Pet」
2. レジリエンス〜危機を乗り越える心の回復力〜
2-1. 熊本地震報道と心の消耗、レジリエンスとは
災害報道による心の消耗が広がるなか、苦痛を経験しながらも回復していく力「レジリエンス」は、だれでも練習によって鍛えられるとされています。
2026年7月に発生した熊本地震や、それに伴うショッキングな爆発事故の報道を目にし、強い不安や恐怖を感じている方も多いです。凄惨なニュース映像に繰り返し触れることで無意識に心が消耗する中、こうした予期せぬ危機や大きなストレスからいかに自分を守り、立ち直っていくかが重要になります。
経済協力開発機構(OECD)のメンタルヘルスに関する国際調査によると、日本国内のうつ病やうつ状態の人の割合は、2013年調査の7.9%から2020年には17.3%と約2倍に増加しています。精神科を受診される方も増加傾向にあり、逆境からしなやかに立ち直る心のあり方が、これまで以上に重要となっています。
不運が重なり、心が折れそうになっても踏みとどまる力を、心理学では「レジリエンス」と呼びます。「打たれ強さ」や「挫けない精神」とも表され、ストレスを最小限にするだけでなく、この回復力自体を強化することが重要視されるようになっています。アメリカ心理学会は、レジリエンスがある状態とは困難や苦痛を一切経験しないことではなく、苦痛の中で回復力を高めていくプロセスのことと述べています。筋トレで身体の筋肉を増やしていくのと同じように、心の回復力も時間と意識、そして練習を積み重ねることで、誰でも少しずつ鍛えることができるといわれています。
2-2. レジリエンスを高める具体的な方法(アメリカ心理学会)
人とのつながりを保つこと、心と体の健康を育むこと、前向きな意味を見つけることなどが、回復力を高める基本的な方法です。
共感を持てる人とつながりを築き、家族や友人らと良好な関係を維持しましょう。自分は一人ではないと思い出せるとよく、オンラインでの飲み会やチャットなどに参加するのもよいでしょう。心と体の健康を育むことも大切で、体の面では適切な栄養・十分な睡眠・定期的な運動などの行動、心の健康面では祈りや瞑想、ヨガなどが挙げられ、その際は人生のポジティブな面に目を向けるようにしましょう。
アルコールや薬物などマイナスの対処法は避けましょう。苦痛な状況に対処するためお酒などで痛みを隠すことは、長期的にみると健康障害をきたす可能性があります。
困難な状況でも前向きな意味・目的を見つけることも重要で、「この問題について自分は何ができるか」と自問自答してみましょう。問題が大きすぎる場合は、扱いやすい部分に分けて自分にできることを考えるとよいでしょう。健康的な考えを受け入れることも大切で、自分の中に悲観的すぎるなど非合理的な考えがあったら、バランスの取れた現実的な思考パターンを採用しましょう。そして、必要なときには助けを求めるようにしましょう。信頼できる人に相談してみることも、回復力を高めることの一つです。
2-3. 自分を知る「ABC分析」
出来事そのものではなく「どう解釈したか」が感情や行動を左右するという「ABC理論」に気づくことが、レジリエンスを鍛える第一歩です。
レジリエンスを鍛える第一歩は、日常の出来事に対する「思考のクセ」を知ることです。人は誰でも、失敗や他人からの叱責などの「出来事」に直面したとき、悲しみや怒りといったマイナスの感情を抱きます。多くの人は、その出来事が自分の感情を引き起こしていると考えますが、実際には出来事と感情の間には「自分がどう解釈したか」という考え方のプロセスがあります。
心理学ではこれを、出来事(Activating Event)、解釈(Belief)、結果:感情や行動(Consequence)の三つの頭文字を取って「ABC理論」と呼んでいます。
たとえば「テレビで熊本地震の悲惨なニュース映像を見た」という出来事(A)があったとき、「自分の住んでいる地域でも明日同じような大地震が起きて、すべてを失うに違いない」と極端に解釈(B)すれば、強い恐怖や不安に襲われ、夜も眠れなくなったりパニックに陥ったりするという結果(C)を招きます。しかし、「災害は恐ろしいが、今のうちに避難経路や備蓄品を確認して、自分にできる備えをしておこう」と現実的に解釈(B)できれば、不安はあっても感情は落ち着き、防災グッズを点検するなどの建設的な行動(C)へと変わるはずです。そのような考え方のプロセスが、折れない心を作るための最初の重要な鍵となります。
2-4. 陥りがちな「思考のワナ」
強いストレス下では「過度の一般化」や「トンネル視」といった思考のワナに陥りやすく、それに気づいて問い直す習慣が大切です。
強いストレスを感じたとき、私たちの脳は早く不快感から逃れようと判断を急ぐあまり、事実をネガティブに歪めてしまうことがあります。これを「思考のワナ」と呼びます。特に熊本地震やそれに伴うショッキングな事故の直後は、度重なる余震や悲惨な報道によって強い不安にさらされ、誰しもこのワナに陥りやすくなります。
たとえば、激しい揺れを経験するたびに「もう二度と元の生活には戻らない」と思い込む「過度の一般化」や、危険やマイナス面ばかりに注意が向く「トンネル視」、周囲の疲弊した表情を見て「自分は拒絶されている」と判断する「早とちり」などがその代表例で、相手の考えを勝手にネガティブに推測する「マインド・リーディング」というワナもあります。
こうした偏った思考に陥ると、無力感や過度の恐怖が膨らみ、避難や生活再建に向けた適切な行動が取れなくなってしまいます。不安やパニックを感じたら、まずは立ち止まり「スローダウン、落ち着こう」と自分に声をかけましょう。「何か見落としていないか」「悪いことばかり気にしていないか」「客観的な根拠はあるか」と問い直す習慣をつけることが大切です。
2-5. 不安の連鎖を断ち切る
最悪・最高・現実的な展開を見比べることで、不安の連鎖から抜け出し冷静さを取り戻すことができます。
震災報道などをきっかけに、頭の中で悪い想像が次々とつながり、収拾がつかなくなってしまう経験をした人は多いはずです。「また地震が来たら」「もう元の生活には戻れないかもしれない」と、一つの不安が次の不安を呼び、気づけば取り返しのつかない未来を確信してしまう――これは脳が危機に過剰反応している状態で、放っておくと目の前の現実に対処するエネルギーそのものが失われていきます。
この悪循環を止める効果的な方法は、頭の中で膨らんだ悪いシナリオを、意識的に別の角度から書き直してみることです。まず、恐れている最悪の展開が実際に起こる可能性を、一つひとつの条件に分解して冷静に見積もってみましょう。多くの場合、それらすべてが重なる確率は驚くほど低いことに気づきます。次に、あえて真逆の、うまくいく場合の展開を具体的に思い描きます。そのうえで、両極端を踏まえた「現実的に一番ありそうな展開」を考えてみると、悲観に偏っていた視点が整い、今できる備えに意識を向けやすくなります。
2-6. リアルタイムで自分の思考に反論する
偏った解釈にその場で反論する練習を重ねることで、逆境から素早く立ち直る力が身についていきます。
強いストレスの渦中で、湧き上がったネガティブな考えにその場で対処できるようになると、逆境からの立ち直りが格段に早くなります。ポイントは、最初に浮かんだ悲観的な解釈をそのまま受け取らず、三つの角度から問い直す習慣をつけることです。
一つ目は、状況をもっと広い視野で捉え直せないか考えることです。「自分だけが拒絶されている」と感じたら、非常時で誰もが余裕を失っているだけかもしれないと視点を広げます。二つ目は、その悲観的な思い込みに反する事実がないか探すことです。「相手が怒っている」と決めつける前に、単に疲れているだけという可能性を検討します。三つ目は、最悪の結末以外に、もっと現実味のある展開がないか考えることです。「もう終わりだ」ではなく「協力すれば乗り越えられる」という道筋を描いてみます。
この切り替えは最初は難しく感じても、日々の小さな場面で繰り返すうちに、とっさに柔軟な見方ができるようになっていきます。
2-7. 呼吸を使ってストレスから心を守る
静かな場所で呼吸に意識を向けるマインドフルネスの実践は、ストレスに関わる脳の働きを改善するという報告があります。
心理学者ダニエル・ゴールマンが紹介している、日常的なストレスから心身を守るためのシンプルな方法があります。今日ではマインドフルネスと呼ばれる呼吸法の一種で、企業研修に取り入れたところ、ストレスに関わる脳の働きが改善し、仕事へのやりがいや活力を取り戻せたという報告が2011年の論文で示されています。
まず、数分間一人になって集中できる静かな場所を見つけます。たとえば自室のドアを閉めて電話を無音にし、外部からの情報を完全に遮断します。ゆったりと座り、両手を軽く膝の上に置いて、力まずに背筋を伸ばします。呼吸に意識を向け、お腹が大きく膨らんでいくのをイメージしながら、吸う感覚、吐く感覚をしっかり意識してから次の呼吸を始めます。このとき、自分の呼吸がうまくできているかを一切気にしないようにします。意識に侵入し集中を阻むもの(考えや音など)に対して良いとか悪いとか判断せず、ただありのまま受け流して呼吸に集中します。こうした習慣を継続すると、折れないしなやかな心を取り戻すことができます。
2-8. 心を静めるエクササイズ
呼吸のコントロール、筋弛緩、安心できるイメージ、侵入思考をブロックするゲームなど、すぐに実践できる心を静める方法を紹介します。
急いで気持ちを落ち着かせたいとき、体を使ってアプローチする方法がいくつかあります。まず呼吸です。楽な姿勢で座り、肩の力を抜いて、鼻からゆっくりと数を数えながら深く息を吸い込み、同じようにゆっくりと吐き切ります。
これを数分間繰り返すだけで、浅くなっていた呼吸が整い、気持ちが落ち着いてきます。途中で余計な考えが浮かんでも、良し悪しを判断せず、そっと呼吸に意識を戻せば大丈夫です。
次に、体の緊張をほどく方法です。楽な姿勢で目を閉じ、手や腕、顔、首、肩、胸、背中、お腹、お尻、脚と、体の部位ごとに一度ぎゅっと力を入れてから、一気に脱力することを順番に繰り返します。緊張と弛緩の差をはっきり感じることで、体全体がゆるんでいく感覚をつかみやすくなります。
さらに、自分が心から安らげる場所を思い浮かべる方法もあります。景色や音、匂いまで五感を総動員して具体的にイメージすることで、心が落ち着きを取り戻しやすくなります。
そして、頭の中に次々と浮かんでくる嫌な考え(侵入思考)に気づいたら、あえて別の作業に意識を向けてしまうのも一つの手です。何かのジャンルを決めて思いつく限り挙げてみたり、簡単な暗算を続けてみたり、過去に見た映画や読んだ本のタイトルを思い出せるだけ挙げてみたりするだけでも、意識をそこに集中させることができます。
出典・参考文献
「Building your resilience」
「Resilience guide for parents and teachers」
「ハーバード・ビジネス・レビュー[EIシリーズ] レジリエンス」
「折れない心のつくりかた〜はじめてのレジリエンスワークブック〜」
3. 書籍紹介『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル)
3-1. 世界的名著『夜と霧』とその著者
『夜と霧』は、精神科医フランクルによるナチス強制収容所の体験記録であり、極限状態における人間の精神を見つめた世界的名著です。
ここでは、レジリエンス(困難を乗り越える力)を考えるうえで欠かせない一冊として、『夜と霧』を簡単にご紹介します。詳しい内容は、ぜひ書籍でお読みいただければと思います。『夜と霧』は、オーストリアの精神科医ビクトール・フランクルが、第二次世界大戦中のナチスによる強制収容所での体験を記した本です。
単なる悲惨な記録ではなく、極限状態における人間の精神の変化を見つめた書として世界中で読み継がれ、日本でも東日本大震災の際に大きな注目を集めました。著者フランクルは、ユダヤ人であるという理由でアウシュヴィッツを含む複数の収容所に送られ、精神科医としての観察眼で、人間が絶望の淵でどのように生きる意味を見出すのかを問い続けました。
本書には、収容所到着時に生死を分けた「選別」、あまりに過酷な日常から心を守るために感情が麻痺していく「アパシー(無関心)」、解放後になかなか現実感を取り戻せなかった「離人症」など、想像を絶する過酷な体験が克明に綴られています。
3-2. 過酷な状況でも人が心を保てた理由
自然への感動、大切な人への愛、そしてユーモア――どんな環境でも、人は心の中に自由を持ち続けられます。
そうした過酷な環境の中でも、フランクルたちの心を支えたものがありました。護送車の窓越しに見た夕焼けの美しさに心を打たれたこと、離れ離れになった妻の面影を心に思い浮かべ対話を続けたこと、仲間と冗談を言い合い現実から一時的に距離を置いたこと――自然への感動、大切な人への愛、そしてユーモアという心の働きです。
本書ではこうした具体例とともに、どんな環境に置かれても、人は心の中に自由を持ち続けられるということが語られています。
3-3. 「人生から問われている」という視点の転換
「人生に何を期待するか」ではなく「人生から何を問われているか」——フランクルはこの視点の転換を、実際に出会った二人の男性とのやり取りを通して語っています。
フランクルの中心にある思想は、「人生に何を期待できるか」ではなく「人生が私たちに何を期待しているか」という視点の転換です。収容所では、絶望のあまり自ら命を絶とうとする者が後を絶ちませんでした。すでに命を絶ってしまった仲間を見つけても、その体を降ろすことさえ禁じられているほどの状況下では、思いとどまらせるための働きかけそのものが命をつなぐ重要な役割を担っていました。
「生きる希望はもう残っていない」と口にする二人の男性に出会ったとき、フランクルは、人生に何を望むかではなく、これから先の人生の中に、その人の帰りを待っている何かが必ず存在するのだと語りかけました。話を聞くと、一人には外国で自分の帰りを待つ子どもがおり、もう一人には、自分にしか完成させられない研究がありました。どちらの男性も、他の誰にも代わることのできない存在として、誰かや何かから必要とされていたのです。自分の代わりがきかないと知ることは、生きることに対する責任の重さを自覚することにつながる、とフランクルは述べています。
フランクル自身はこの視点の転換を「コペルニクス的転回」と呼んでいます。人生とは常に問いを投げかけてくるものであり、私たちはその問いに、日々の具体的な行動や、逆境にどう向き合うかという態度で答えていくしかない――これが、このページの核心となる思想です。
3-4. レジリエンスの視点から、この本が伝えること
解放後もなお続いた困難を超え、それでも人生にイエスと言えたフランクルの姿は、レジリエンスそのものを体現しています。
1945年に収容所は解放されましたが、それは手放しの幸福ではありませんでした。長く感情を遮断して生きてきたことで、すぐには喜びを感じられなかったり、故郷に戻っても大切な家族がすでにこの世にいなかったりと、解放後もなお大きな困難が続いた人が多くいました。
それでもフランクルは、自らの体験を普遍的な人間理解へと昇華させ、「それでも人生にイエスと言う」ことができると説きました。困難のただ中にあっても人は意味を見出し、少しずつ立ち直っていける――これは、レジリエンスというテーマそのものを体現する姿だといえます。病院での臨床の現場でも、大きな喪失や困難を経験した方が、時間をかけながら自分なりの意味や支えを見つけ、また前を向いていかれる姿にたびたび出会います。詳しくは、ぜひ書籍をお読みください。
出典・参考文献
「夜と霧 新版」
「それでも人生にイエスと言う」
「NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧」