🤰 妊産婦のメンタルヘルス
妊産婦のメンタルヘルスについて
妊産婦のメンタルヘルスに関する記事(全3本)を1ページにまとめました。目次から気になる項目へジャンプできます。
このページでわかること
妊娠・出産期は、母親としての新たな役割を得る一方で心理的・社会的に大きな変化が起こり、マタニティブルーや産後うつ病など精神的な不調をきたしやすい時期です。エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)などによる早期発見の取り組みや、精神疾患のある方の妊娠前後の健康管理、こども家庭センターなど社会的なサポート体制について紹介しています。
1. 妊産婦のメンタルヘルスについて
1-1. 妊産婦のメンタルヘルスの重要性
妊娠・出産は心理的・社会的に大きな変化をもたらし、母親のメンタルヘルスの不調は児の発達にも影響しうるため、早期発見と支援体制づくりが重要です。
妊娠や出産といった出来事は、女性にとって体の変化が起こるだけでなく、新しい家族が増えるための準備や母親という新しい役割を得るなど、心理的・社会的に大きな変化をもたらします。新しい役割を得る一方で、今まで築いた環境や人間関係を失ったり、妊娠や育児を通して過去に自分が養育された体験を思い出して思い悩んだりすることもあります。
このような変化から、妊産婦である女性は精神的な不調をきたしやすいといわれています。母親のメンタルヘルスの不調は、母親自身の問題だけでなく、不十分な養育となってしまい、胎児や新生児の心と体の発達にも影響を及ぼす可能性があります。産後うつ病やマタニティブルーなど妊娠出産に関連した病態も比較的知られており、産褥精神病という精神病の症状を呈することもあります。また、精神疾患を持っている方の妊娠出産も珍しくなく、妊産婦のメンタルヘルスは重要です。母親のメンタルヘルスの不調は最悪の場合、母親自身の自殺企図や児への虐待につながりかねない状態となる可能性もあることから、妊産婦のメンタルヘルス不調を早期に発見し対応することや、支援体制を作ることの必要性が高まっています。
1-2. 妊産婦の心理
妊娠が判明した時点から母親になる心の準備が始まり、期待と不安を行き来しながら、出産・産後を通じて母性や責任感が育まれていきます。
妊娠がわかった瞬間から、女性の中では少しずつ母親になる心の準備が始まっていきます。お腹の中の子どもや出産後の暮らしに思いを巡らせるうち、期待と不安が入り混じった気持ちの間を行き来することも少なくありません。
つわりによる体調の変化や体型の変化そのものは不安の種になり得ますが、同時にそれらは、これから親になるのだという実感を少しずつ形づくっていく過程でもあります。特に胎動を感じるようになると、おなかの中の命と自分がひとつにつながっているという感覚が強まり、それが強い責任感となって、母性や我が子を守ろうとする気持ちを育んでいきます。
妊娠中は、おなかの子の命をおびやかすものへの警戒心が自然と強まっていきます。体の張りや自分自身の体調により敏感になり、タバコや飲酒、薬の内服、感染症など、胎児に影響しかねない要因をできる限り遠ざけたいと考えるようになります。切迫流産や切迫早産のように、自分の意思では止められない体の変化に直面すると、子どもを失ってしまうのではという不安や緊張が続くこともあります。そして出産という、母子どちらの命もかかった大仕事を乗り越えたとき、そこには大きな達成感と安心感、そして自分への自信が生まれます。
出産後は暮らしのリズムが大きく変わり、いつ何が起こるか予測のつかない育児が休みなく続きます。まとまった睡眠がとれないまま育児に追われる日々の中で、疲れは少しずつ積み重なっていきます。ちょっとしたことで不安になったり自信をなくしたりすることもありますが、それでも「言葉を話せないこの子を守らなければ」という思いが、育児を支える原動力になっていきます。
1-3. 妊産婦にみられることの多い不安
子供を失うかもしれないという不安から、産後の授乳や育児がうまくいかないことへの不安まで、不安の対象は妊娠・出産の経過とともに広がっていきます。
赤ちゃんへの影響を気にするあまり、食事の内容や身の回りの衛生など、あらゆることが不安の種になっていくことがあります。出血や腹痛といった体のサインを感じ取ると、それだけで「子どもを失ってしまうのでは」という恐れにとらわれ、自分を責めてしまう人も少なくありません。
特に不妊治療を経験した方や、以前に流産などのつらい経験をした方は、こうした不安がより強く表れやすい傾向があります。近年は超音波検査などによっておなかの中の様子を詳しく知ることができるようになり、それは赤ちゃんへの愛着を育む助けになる一方で、もし検査で何らかの所見が見つかった場合には、母親の不安がいっそう強まり、産後の育児への恐れや否定的な考えにつながってしまうこともあります。
出産の場面でも、思いがけない早産や緊急の帝王切開、大量出血といった事態に直面すると、自分や赤ちゃんの命にかかわるかもしれないという強い恐怖に襲われることがあります。産後まもない時期は、まだ何もできない小さな命を前に責任の重さを感じ、体調の変化や母乳が足りているかどうかなど、気にかかることが次々と増えていきます。そうした中では、周囲の何気ないひとことにも過敏に反応して傷ついてしまうことがあります。赤ちゃんが泣き止まなかったりミルクを飲んでくれなかったりして、思うようにいかないいら立ちから、つい怒りをぶつけてしまい、後になって自分を責めてしまうということも起こり得ます。
1-4. マタニティブルーと妊娠中のうつ
マタニティブルーは産後すぐに出現する一時的な気分の落ち込みで通常10日ほどで治まりますが、長引く場合は産後うつ病への移行に注意が必要です。
雑誌やネットなどで、妊娠中に気分が落ち込むことを「マタニティブルー」と呼ぶことがありますが、マタニティブルーとは正しくは「産後すぐ、一時的な気分の落ち込み、不安のこと」です。具体的には、出産直後から2週間以内に出現する気分の落ち込みで、涙が止まらなくなる、イライラするなどの症状が出ることを指します。
出産後の女性の30〜50%に出現し、人によっては情緒が不安定となり、不眠、集中力低下、不安や焦りが強まるといった症状が出ることもあります。ほとんどは一時的なもので、10日ほどでよくなるため、通常は心配することはありません。原因としては、人生の一大イベントを乗り越えたあとの気持ちの変化や、慣れない子育てに対するジレンマ、急激な女性ホルモン(エストロゲン)の低下など内分泌環境の変化によって症状が出現すると考えられています。日本産婦人科医会によると、自然に経過をみるだけで通り過ぎていくので、雨宿りする気持ちでやり過ごすとよいとされています。ただし、症状が長引く場合は産後うつ病に移行することがあるので、注意が必要です。
一方、妊娠中にうつ症状がみられる方は6.5〜12.9%にのぼるという報告があります。背景には、周囲からのサポートが得にくいことや、予定していなかった妊娠であること、パートナーとの関係がうまくいっていないことなどが関わっているとされ、経済的に厳しい状況にある場合にも症状が出やすいといわれています。
1-5. 産後うつ病・産褥精神病などの妊産婦の精神疾患
妊娠中のうつは8〜12人に1人、産後うつ病は米国調査でおよそ7人に1人にみられるとされ、母親特有の症状や産褥精神病などの重症例にも注意が必要です。
妊娠中のうつは8〜12人に1人が経験しているとされます。リスク因子としては、若年妊娠、初回妊娠、摂食障害やうつ病の既往、配偶者のサポート不足、経済的困難、家族や友人との心理的距離が挙げられています。妊娠初期に多くみられ、ほとんどが薬物治療をせずに自然軽快しますが、産後うつとなった方の約半数は出産前にうつが出現しているため注意が必要です。
産後うつ病は、米国の調査ではおよそ7人に1人の割合でみられるとされています。症状は通常のうつ病と同じで、気分の落ち込み、理由なく涙が出る、楽しいことに興味が持てない、自分が悪いと感じる、この世から消えたいと考えてしまうなどがみられます。そのほか、赤ちゃんの世話を思うようにこなせずにいると感じたり、わが子への愛情がわいてこないように思えたり、自分には母親としての資格がないのではないかと感じてしまったりといった、母親特有の症状が現れることもあります。産後うつのリスク因子としては、飲酒・喫煙習慣、予期せぬ妊娠、望まない妊娠、精神疾患の病歴、妊娠出産時にストレスイベントを経験したこと、パートナーと不仲であること、家族支援が乏しいこと、経済的困難、周囲のサポート不足が挙げられます。
産褥精神病はまれですが、幻覚妄想状態や錯乱などがみられる重症な疾患です。また、双極性障害・不安障害・統合失調症をお持ちの方が妊娠する場合も、症状の悪化に注意が必要です。
1-6. メンタルヘルス危機の早期発見・早期診断のために
2017年に産婦健診が強化され、エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)などを用いた早期発見の仕組みが整えられてきています。
妊産婦のメンタルヘルスの危機としては、母親の自殺や児童虐待のリスクが指摘されています。そこで妊産婦のメンタルヘルス対策の強化のため、2017年に産婦健診が強化されました。産後のうつ状態を評価するため、産婦人科や保健師によって質問紙を用いて産後2週間、1ヶ月の精神状態を評価するという流れができてきています。
評価には「エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)」という質問票が用いられます。出産後2週間や4週間といった節目の時期に、気分の落ち込みや不安の強さ、物事を楽しめているか、自分を必要以上に責めていないか、涙もろさや自分を傷つけたくなる考えの有無など、こころの状態に関する10項目について、直近1週間の様子を自己記入式で答えてもらう形式です。このような評価から支援が必要だと判断された場合には、子育て世代包括支援センター(現在のこども家庭センター)という役所のワンストップ窓口が整備されてきており、必要に応じて専門医療機関の受診につなげたり、切れ目のない支援を行ったりする体制が整いつつあります。
1-7. 精神疾患のある方の妊娠前後の健康管理
精神疾患で通院中の方は、あらかじめ主治医に妊娠を相談する「プレコンセプションケア」により、生活習慣・サポート体制・薬の調整を整えておくことがすすめられます。
双極性障害、不安障害、統合失調症などの精神疾患で通院中の方が妊娠を考えている際は、あらかじめ通院先で妊娠を考えていることを相談しておくことがすすめられます。これを「プレコンセプションケア(妊娠前からの健康管理)」といい、①生活習慣の検討、②出産・育児に向けたサポート体制づくり、③妊娠に向けた薬の調整について話し合っておくことが望ましいとされています。
妊娠を目指す時期の目安としては、3〜6ヶ月ほど精神状態が落ち着いた状態が続いていることを確認できてから、というのが一つの考え方です。
生活習慣の検討としては、精神疾患は糖尿病や高血圧などを合併することが多く、食行動、飲酒、喫煙などの問題を抱えていることがあります。食行動については、極端なやせや肥満は妊娠合併症(妊娠高血圧・糖尿病、死産、巨大児)のリスクを高めるため、適正体重になることを目標にします。喫煙も早産、口唇裂などの奇形の増加、児の出生体重減少などにつながることが知られているため、禁煙をしたほうがよく、受動喫煙でも起こるため同居者の協力も必要です。妊娠中の飲酒は、胎児アルコールスペクトラム障害という精神遅滞や低体重、顔面を中心とする形態異常、脳障害を引き起こすリスクがあります。安全な飲酒量はないとされ、少量でもリスクとなりうるため、唯一の対策は妊娠中は完全にお酒をやめることです。
生活習慣以外にも、薬の調整や周囲のサポート構築を考えることが大切です。通院して日常的に精神科薬を内服している場合、胎児への薬のリスクを不安に感じ、十分な情報がないまま自己判断で内服や受診を中断してしまうことがあります。あるいは、胎児へのリスクが知られている薬を内服している期間に妊娠が判明することもあります。そうした状況を避けるため、事前に通院中の医師と相談しておくことが望ましいとされています。原則としては、妊娠を前提とした内服に必要に応じて変更を行い、少なくとも3ヶ月は精神状態が安定していることが望ましいとされます。使用実績が多く、これまでの情報が多い薬剤(より多くのエビデンス)を使用し、胎児が曝露される薬の種類は最小限に抑えます。ただし再燃すると症状安定化のため内服が増量したり種類が増えたりする可能性があるため、症状が安定しているかを慎重に検討し、薬を減量した場合は、あらかじめ再発したときの症状や注意すべき点を確認しておくことがすすめられます。安心して出産育児を行うためには、精神科での治療状況を産婦人科に伝えることも必要で、紹介状などで情報提供をしてもらうとよいでしょう。周囲のサポートが不足している場合は、役所などで相談することもできます。
1-8. 精神疾患で通院中の方が妊娠前・妊娠中に気をつける日常生活
日本精神神経学会が提唱する「健康的な自分自身と将来の赤ちゃんのためのステップ」は、生活習慣や感染予防など一般の方にも役立つ内容です。
日本精神神経学会は、「健康的な自分自身と将来の赤ちゃんのためのステップ」というアドバイス集を示しています。もともとは精神疾患を抱える方が妊娠・出産に向けて心がけるとよい内容としてまとめられたものですが、一般の方にとっても参考になります。
まず体調面では、いつ妊娠するかをライフプランとして意識しつつ、野菜を意識した食事や1日400μgの葉酸摂取、規則的な運動習慣を心がけ、喫煙・飲酒は妊娠を考え始めた時点でやめておくことが望ましいとされています。
感染症については、手洗い・マスク・うがいといった基本的な予防に加え、自分の予防接種歴を確認し、必要なものは事前に接種しておくことがすすめられます。喘息や糖尿病、肥満など持病がある場合は、その管理を続けながら定期的な健康診断を受けることも大切です。
また、心理的な備えも欠かせません。自分にとって負担になっていることを意識して減らし、メンタルヘルスについて理解を深めながら十分な休養をとること、そして必要なときに頼れる人やグループを見つけておくことも重要です。薬に関しては、自分に処方されたもの以外を自己判断で使用しないよう注意が必要です。そして、パートナーからの暴力や虐待を受けている場合は、一人で抱え込まず周囲に相談することも忘れないでください。
1-9. 社会のサポート
2024年に「こども家庭センター」へ移行した相談窓口は、2026年4月時点で全国85.9%の自治体に設置されていますが、地域差も大きく、対象の方は市町村の窓口へ相談できます。
2015年から、妊娠出産から子育てまで切れ目ない支援を行うため「子育て世代包括支援センター」の設置が全国で進められ、2024年には「こども家庭センター」へ移行されています。それまでは妊娠出産、子育て支援に関する役所の部署が別々で、連携や支援が途切れてしまう課題があったため、妊娠から出産、就学前までの子育て相談を1ヶ所の窓口で対応を一元化する試みです。
フィンランドでは子育て支援が充実していることで知られていますが、そこでの制度を参考に作られているといわれています。母子保健部署と関連部署をつなげ、助産師や保健師が対応する窓口が一元化されることで、支援が必要なケースの発見が早くなり、途中で支援が途切れることを防ぐことが期待されています。支援者のいない妊婦(未婚やひとり親、親族など身近な支援者がいない、夫の協力が得られないなど)、望まない妊娠をした妊婦、困窮世帯、若年妊婦、妊娠届け未提出、母子手帳未交付、妊婦健診未受診者などの妊婦は支援を要すると考えられており、さまざまな機関で連携して支援を行っていくことがなされています。
こども家庭庁の調査によると、2026年4月1日時点で全国1,741市区町村のうち1,496自治体(85.9%)にこども家庭センターが設置されており、こども家庭庁は2026年度末までに全市町村での設置を目指しています。設置状況には地域差もみられ、栃木県・神奈川県・富山県・石川県・福井県・福岡県・熊本県の7県ではすべての自治体で設置が完了している一方、沖縄県は53.7%と全国で最も低い水準(41市町村のうちおよそ22自治体に相当)にとどまっています。お住まいの市町村によって状況は異なるため、対象となる方はお住まいの窓口に相談してみてください。
出典・参考文献
「こころの病気と遺伝(インタビュー記事)」
「妊産婦メンタルヘルスケアマニュアル」
「妊産婦のメンタルヘルスの実態と支援の方向性」
「事例で読み解く 周産期メンタルヘルスケアの理論 産後うつ病発症メカニズムの理解のために」
「これからはじめる周産期メンタルヘルス 産後うつかな?と思ったら」
「精神疾患を合併した、或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド(総論編・各論編)」
「こども家庭センターの設置状況について(令和8年4月1日時点)」
「こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド 一般の方むけ」