🧠 認知症・高齢者の脳の病気
認知症・高齢者の脳の病気について
認知症・高齢者の脳の病気に関する記事(全10本)を1ページにまとめました。目次から気になる項目へジャンプできます。
このページでわかること
認知症は、アルツハイマー型・脳血管性・レビー小体型・前頭側頭型など原因によってタイプが異なり、それぞれ症状の現れ方やケアのポイントが異なります。近年はアルツハイマー型認知症に対する新薬(レカネマブ・ドナネマブ)による治療も始まっており、早期発見・診断の重要性が高まっています。認知症の前段階である軽度認知機能障害(MCI)の段階であれば、生活改善やトレーニングによって予防できる可能性があります。自動車運転をめぐる家族の対応や、認知症と間違われやすい高齢者てんかんについてもあわせて紹介しています。
1. 認知症について
1-1. 認知症とはどんな病気?
認知症は、脳の病気や障がいが原因で物忘れがひどくなったり、それまでできていたことができなくなったりする状態で、アルツハイマー病と脳血管障害が原因の7〜8割を占めます。
認知症とは、脳の病気や障がいが原因で物忘れがひどくなったり、それまでできていた身近なことができなくなったりする状態のことです。認知症を引き起こす病気にはさまざまな種類がありますが、もっとも多いのがアルツハイマー病で、次に多いのが脳梗塞や脳出血による脳血管障害です。
この2つの疾患だけで、認知症全体の原因の大部分(7〜8割程度)を占めるとされています。アルツハイマー病による認知症をアルツハイマー型認知症、脳血管障害による認知症を脳血管性認知症と呼び、両方が同時に起こる混合型もあります。ほかにも、レビー小体病や前頭側頭型認知症などが原因として知られています。
いずれのタイプの認知症も、物忘れをはじめ、場所や時間がわからなくなったり、判断力が低下して普段できていたことができなくなったりするといった中核的な症状がみられます。認知症にかかっている人は年々増えてきており、今後も増えると予想されていますが、いずれが原因の場合も早期発見によって進行を遅らせたり、適切なケアを受けたりすることができます。
1-2. 認知症の中核症状
記憶障害・見当識障害・判断力の低下などの中核症状は、どのタイプの認知症でも現れ、ヒントがあっても思い出せない点が加齢による物忘れとの違いです。
認知症では、どのようなタイプであっても現れる「中核症状」と、人によって現れ方が異なる「BPSD(行動・心理症状)」があります。以前は「周辺症状」と呼ばれていましたが、現在はBPSDという呼び方が一般的なため、このページでも以降「BPSD(周辺症状)」と表記します。
中核症状とは、脳の神経細胞が老化することによって出現する知的機能障害のことです。
- 記憶障害:物忘れ
- 見当識障害:場所や時間がわからなくなる
- 判断力の低下:それまでできていたことが、どうやってよいのかわからなくなる
- 人格変化:怒りっぽくなったり、無気力になったりする
- 失認:ものや人のことがわからなくなる
- 失行:それまでできていたことができなくなる
- 計算力の低下
とくに物忘れは、もっとも早い時期から現れ、新しい記憶から障害されていきます。進行性の経過をたどり、最終的には古い記憶まで障害されるようになる場合もあります。加齢による物忘れは、名前が思い出せない、何をしようとしたか忘れたといったことがあっても、何かの拍子に思い出したり、ヒントがあると記憶がよみがえったりするため、生活に支障をきたしません。一方、認知症による物忘れは、ある記憶がすっぽり抜け落ちてしまうため、ヒントがあっても思い出せず、生活に支障が出ることが多くなります。
1-3. BPSD(行動・心理症状)
不安・徘徊・幻覚妄想などのBPSD(周辺症状)は必ず出るわけではなく、環境や周囲の関わり方によって和らげることができます。
BPSD(周辺症状)は認知症の人に必ず現れるものではなく、不安・焦り・不眠・幻覚妄想・徘徊・攻撃的言動などとして、人によって異なる形で現れます。たとえば、少し目を離したすきに外へ出かけてしまう、話しかけても反応が返ってこないままぼんやりと過ごす時間が増える、大切にしまったお金や通帳が見当たらず誰かに取られたのではと思い込む、夕方になると自宅にいても「そろそろ家に帰らないと」と落ち着かなくなる、夜中に目を覚まして部屋の中を歩き回るといった様子が、BPSD(周辺症状)としてよく知られています。
これらは薬物療法や周囲の人の関わり方によっておさまっていくことが知られています。
もともとの性格も大きく関係していると考えられており、几帳面だったり、人を疑いやすかったり、頑固な一面があったりする人は、認知症になるとその傾向がより強く表に出てくることがあります。BPSD(周辺症状)は、環境や周囲の人の関わりが引き金になることがあるため、原因となっている環境や関わり方を変えることで症状をやわらげることができます。周囲の人にとってはささいなことでも、本人の目線に立って一緒に考えると対応しやすくなります。
1-4. 症状の現れ方(アルツハイマー型認知症を例に)
アルツハイマー型認知症は初発期・初期・中期・末期と段階的に進行し、それぞれの段階に合ったケアが求められます。
もっともよくみられるアルツハイマー型認知症を例にとると、症状は次のような段階を経て進行していきます。
- 初発期(最初の1〜2年):記憶障害や感情障害が現れはじめる。新しいことを覚えられなくなる、それまでできていたことがうまくできなくなる、ささいなことで怒ったりする
- 初期(3〜5年くらいの間):場所や時間がわからなくなる、判断力低下、失認・失行・計算力障害がはっきりしてくる。数時間前・数分前のことを覚えていない、道に迷い自宅に帰れなくなる、言葉づかいが乱暴になったりあまり話さなくなったりする
- 中期(5〜8年):記憶障害が激しくなり、徘徊・妄想など周辺症状がひどくなる。日常生活でできないことが多くなり、自分の名前やよく知っているはずのものがわからなくなる。物盗られ妄想や嫉妬妄想などがひどくなる
- 末期:日常生活全般に介護が必要になり、寝たきりに近い状態となる。発語はほとんどなく、周囲に関心を示さなくなる
それぞれの段階に合ったケアを検討することが大切です。
1-5. 治療について(薬物療法)
中核症状には認知症治療薬、BPSD(周辺症状)には向精神薬を症状にあわせて使い分けます。
アルツハイマー型認知症は、お薬による治療で進行を遅らせることができます。現在はさまざまなタイプの認知症に対する薬が出ているため、症状や体質にあわせて内服を継続するとよいでしょう。飲み薬だけでなく皮膚に貼るタイプの薬もあるため、薬をうまく飲めない方にも使用できます。
幻覚妄想や徘徊、夜間せん妄や攻撃的言動などのBPSD(周辺症状)は、認知症に対するお薬だけでは抑えられないことが多いため、症状にあわせて精神科で使用するさまざまな向精神薬(幻覚妄想には抗精神病薬、活動性低下には抗うつ薬、不安には抗不安薬、不眠には睡眠剤など)を選択することもあります。中には薬が効かない症状もありますし、薬には副作用が出ることもあるため、医師と相談しながら効果と副作用を考え、本人にとってちょうどよい治療を探していきます。
1-6. 薬以外の治療法
音楽療法やレクリエーションなど、デイケア・デイサービスで受けられる薬以外のケアもあります。
薬物療法以外にも、音楽療法やレクリエーションによるリハビリなどがあります。主に認知症デイケアやデイサービスといった施設がこうした活動を行っているため、通える施設を探して利用するとよいでしょう。
1-7. よくある困りごとへの対応(同じ質問・物盗られ妄想)
同じ質問の繰り返しや物盗られ妄想には、否定せず共感しながら、初めてのつもりで対応することが基本です。
認知症は短期記憶障害(新しいことを忘れてしまうこと)のため、「ここはどこ?」「今何時?」「食事はまだ?」と同じ質問を何度も繰り返すことがあります。これが1日中続くため、介助者は「もうこれで3回目ですよ」「さっき説明したでしょう」と言いたくなってしまいますが、認知症の方は話した内容そのものを忘れてしまうため、自分が何度も同じことを聞いているという自覚がありません。
認知症の人にとっては毎回が初めての質問だということを認識し、同じ質問や話であっても初めてのつもりで答えたり聞いたりするのが好ましい対応です。物忘れするという特性を活かして、話題を変えることがよい場合もあります。たとえば家にいるのに「家に帰りたい」とそわそわしてどこかに行きたがる場合など、話題を変えてこだわっていることから注意をそらす工夫もよく行われます。
「お金がない」「盗まれた」といった訴えは、記憶障害が軽い段階でよくみられます。1日中家中を探し回ったり、夜中に家族をたたき起こしたり、身近な人を名指しして強く責め立てたりすることもあります。背景には、大切なものを守ろうとしてしまい込んだ場所を、本人自身が覚えていられなくなっているという事情があることが少なくありません。日頃から世話をしている家族やヘルパーほど疑いの矛先を向けられやすく、精神的に消耗してしまいがちです。
対応としては、正面から否定したり言い聞かせようとしたりせず、まずは「それは心配ですね」と気持ちを受け止めることが基本になります。そのうえで「私も一緒に探しますね」と持ちかけ、実際に見つかった際は本人が自分で発見したという形にもっていくのがコツです。家族が先に見つけてしまうと、かえって疑いを深める結果になりかねないため、それとなく本人の視界に入る場所へ誘導するといった工夫が助けになります。
1-8. よくある困りごとへの対応(不安・うつ状態・無関心)
不安やうつ状態、無関心な様子には、共感を示しながら非難や批判をしないことが大切です。
「ここはどこ?」「私はこれからどうなるの?」といった不安の訴えには、話を聴きながら共感し、「心配しなくても大丈夫だよ」というような声かけをするとよいでしょう。「何もできなくなった」「ダメになった」「家族に迷惑をかけている」といったうつ状態のような訴えには、共感しながら「そう思ってしまうようだけど、できていることもあるよ」とできていることを伝えます。
うつ状態がひどい場合には抗うつ薬を服用することもできます。
失禁して下着が汚れていても気にしない、あるいは「汚れていないから風呂に入らなくてもいい」といった無関心な様子がみられることもあります。こうした場合は、言動を観察しながらプライドを傷つけないように下着を替える機会をうかがったり、無理に説得せず訴えを聞きながら話題を替え、タイミングを見て「汗をかいているようなので、お風呂に入りましょうか」と声かけしたりするとよいでしょう。失敗したら、再びタイミングを見ながら適度に入浴を促します。いずれの場面でも、非難や批判はしないことが大切です。
1-9. 家族の心理と支える工夫
家族自身もさまざまな心理状態を行き来するのが実情であり、一人で抱え込まず社会資源や家族会を活用することが大切です。
家族の多くは、認知症という診断を受けた後、認知症が進行性で治るものではないと知って落胆することが多いものです。認知症は徐々に進行し、家族の顔さえも認識できなくなって、さらに悲しむこともあります。しかし、関わり方や環境の工夫によって、病気の進行を緩やかにしたり、質の高い生活を送れたりすることを学ぶことができます。
病気の進行によってさまざまな介護保険サービスが受けられるようになるため、ケアマネージャーや医師と相談しながら生活の相談をしていくとよいでしょう。
とはいえ、家族の心境としてはさまざまな心理状態を行ったり来たりするのが実情です。家族会などの集まりに参加したり、同じような体験をもつ家族と語り合ったりすることで気が楽になることもあるため、そうした会に参加するのもよいでしょう。認知症の方への対応は難しく、うまくいかないこともあるため、一人で抱え込まず、デイサービスやデイケアなどの社会資源や、時には入院なども利用して、介護者自身がつぶれてしまわないようにすることが大切です。
出典・参考文献
「認知症高齢者の心がわかる本」
「地域で支える家族のための認知症Q&A」
2. アルツハイマー型認知症
2-1. MCIって何?――物忘れと認知症のあいだ
軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階で、国内では65歳以上のおよそ15%が該当すると推計されており、早期に気づくほど新薬レカネマブなど治療の選択肢が広がります。
物忘れが増えたものの、認知症とまでは言えない、という状態があります。これを「軽度認知障害」、略してMCIと呼びます。日常生活に大きな支障はないものの、記憶などの認知機能が年齢相応より低下している段階です。
厚生労働省が2024年に公表した全国調査によると、国内では65歳以上のおよそ15パーセント、559万人がこれに該当すると推計されています。認知症の人と合わせると1000万人を超え、高齢者のおよそ3.6人に1人が認知症またはその予備群にあたる計算になります。
物忘れそのものよりも、日付や約束を忘れる頻度が増えたり、料理や買い物など段取りが必要な作業にかかる時間が増えたりするなど、日常生活で気になる変化が出てきます。こうした様子は、本人よりも周囲の家族の方が先に気づくことが多いものです。MCIの段階にあって、脳内にアミロイドベータという物質が溜まっている人は、数年のうちに高い確率で認知症へ進行するといわれています。一方で全員が必ず認知症に進むわけではなく、生活習慣の見直しなどにより発症を遠ざけられる場合もあります。レカネマブという新薬は、脳内のアミロイドベータを取り除く作用がありますが、適応となるのはMCIから軽度の認知症までの段階に限られます。つまり、早く気づくほど、治療の選択肢が広がるといえるでしょう。
(出典:厚生労働省推計・書籍/詳細はページ下部)
2-2. アルツハイマー病はどうして起こるのか――アミロイドとタウの正体
アルツハイマー病の脳ではアミロイドベータとタウという2種類のタンパク質が異常に蓄積し、発症の20年も前から水面下で変化が始まっているとされています。
アルツハイマー病の脳には、大きく3つの特徴があるとされています。脳全体が萎縮すること、そして「老人斑」と「神経原線維変化」という2種類のゴミが溜まることです。老人斑の主な成分は、アミロイドベータというタンパク質の断片です。
本来は分解されて排出されるはずのものが、うまく処理されずにくっつき合い、脳の中に塊として蓄積していきます。一方、神経原線維変化の正体はタウというタンパク質で、通常は神経細胞を支える役割を担っていますが、異常な形に変化すると細胞の中に溜まり、神経細胞そのものを弱らせてしまいます。
現在有力とされているのは、まずアミロイドベータが先に脳に溜まり始め、それに続いてタウの異常も進んでいくという考え方です。この2つが一定量を超えて蓄積すると、神経細胞が徐々に壊れ、記憶や判断力の低下として症状に現れてくるといわれています。
日本認知症学会によると、症状が出るずっと前、発症のおよそ20年も前からアミロイドベータの蓄積は水面下で始まっていることがわかってきています。レカネマブという2023年9月に登場した治療薬は、この蓄積したアミロイドベータに対する抗体(つまり異物を排除する免疫機能)によって除去することで、認知症の進行を遅らせる効果があります。物忘れの相談を「年のせい」で片付けず、早めにかかりつけ医や物忘れ外来へ相談すると良いでしょう。
(出典:日本認知症学会・書籍/詳細はページ下部)
2-3. その物忘れ、老化?それとも認知症のサイン?
加齢による物忘れはヒントで思い出せることが多い一方、認知症による物忘れは体験そのものが抜け落ちる点が異なり、「振り返り徴候」などが見分けの手がかりになります。
加齢による物忘れと認知症による物忘れは、似ているようで質が異なります。加齢による物忘れは、体験した出来事の一部を忘れるものの、ヒントを与えれば思い出せることが多いものです。一方、認知症による物忘れは体験そのものの記憶が抜け落ち、ヒントを与えても思い出せない場合があります。
家族が気づきやすいサインとして、診察の場でよく知られているものに「振り返り徴候」があります。質問をされたとき、本人がすぐに答えず、隣にいる家族の方を振り返って助けを求める仕草のことです。繰り返し見られる場合は、記憶や見当識の障害を示すサインとされています。
もう一つの目安が「最近気になるニュースは何か」「困っていることはあるか」「楽しみにしていることはあるか」という3つの問いかけです。慶應義塾大学の研究班による報告によると、ニュースについて具体的に答えられない一方で、困りごとは無いと言い、楽しみは具体的に答えられる、という組み合わせが見られる場合、アルツハイマー病の病理、つまり脳内へのアミロイドベータの蓄積との関連が強く示唆されるといいます。こうした様子は、あくまで気づきのきっかけであり、それ自体で診断が確定するものではありません。気になる様子が重なる場合は、早めに物忘れ外来など専門の窓口へ相談したほうがよいでしょう。
(出典:慶應義塾大学の研究・書籍/詳細はページ下部)
2-4. 物忘れの外来では何をするのか――診断までの流れ
認知症の診断は問診に加え認知機能検査・画像検査・血液検査を組み合わせて行われ、専門的な検査が必要な場合、当院では専門の医療機関へご紹介しています。
物忘れ検査のため外来を受診すると、まず本人と家族の双方から話を聞くところから始まります。いつ頃からどのような変化があったか、日常生活で困っていることは何かを丁寧に確認します。これは、ご本人の話だけでは気づきにくい変化を、家族の視点から補うためです。
認知症診療ガイドラインによると、認知症の診断は、こうした問診に加えて、MMSEやHDS-Rなどの認知機能検査、頭部CTやMRIといった画像検査、血液検査を組み合わせて行うことが基本とされています。この過程で、うつ病や薬の影響など、治療によって改善しうる原因を見逃さないようにする狙いもあります。
当院ではここまでの初期評価を行っていますが、アミロイドPET検査や脳脊髄液検査といった、脳内のアミロイドベータそのものを確認する専門的な検査は行っておりません。関連学会のガイドラインでも、これらの検査は、新しい治療薬の対象となるかどうかを判断する目的で、症状のある人に限って行うべきとされており、当院ではその判断が必要な場合に専門の医療機関へご紹介する形をとっています。診断までには複数の検査と時間を要しますが、早い段階で受診しておくことで、その後の選択肢を広げることにつながります。気になる変化があれば、まずは物忘れに対応している外来にご相談ください。
(出典:認知症疾患診療ガイドライン等/詳細はページ下部)
2-5. 新薬『レカネマブ』とは何か――仕組みと効果
レカネマブは脳に溜まったアミロイドベータを取り除く点滴薬で、軽度認知障害と軽度の認知症の方が対象です。当院では投与判断に必要な検査体制がないため専門の医療機関にご紹介しています。
レカネマブは、アルツハイマー病の原因の一つとされる、脳に溜まったアミロイドベータというタンパク質を取り除くことを目的とした薬です。体重1kgあたり10mgの用量を、2週間に1回、約1時間かけて点滴で投与し、抗体がアミロイドベータに結合することで、脳内からの除去を促す仕組みを持っています。
厚生労働省の最適使用推進ガイドラインによると、対象となるのは、アルツハイマー病による軽度認知障害と軽度の認知症、この2つの段階に限られます。無症状の人や、中等度以降に進行した人には投与できません。
同ガイドラインが示す治験データでは、18か月間の投与により、認知機能や生活動作の全般的な状態を表す指標の悪化が、何もしなかった場合に比べておよそ27パーセント抑制されたと報告されています。病気の進行そのものを止める薬ではありませんが、進行するスピードを緩やかにする効果が示された、これまでにない種類の薬だといえます。
対象となる患者を正確に見極めるため、投与にあたってはアミロイドPET検査や脳脊髄液検査で脳にアミロイドベータが蓄積していることを確認する必要があります。当院ではこれらの検査を行う体制がないため、対象となる可能性がある方については、検査から投与まで対応できる専門の医療機関にご紹介しています。
(出典:厚生労働省ガイドライン/詳細はページ下部)
2-6. アルツハイマー病の新薬レカネマブの副作用と、知っておきたい注意点
レカネマブでは脳のむくみや出血(ARIA)という副作用に注意が必要で、定期的なMRI検査と専門医による経過観察を行いながら治療を進めます。
これまでの放送では、物忘れの早期発見から、物忘れ外来での診断の流れ、そして新しい治療薬レカネマブについてお話ししました。レカネマブは、記憶などに軽い問題が出始めた軽度認知障害の段階から、ごく初期の認知症までの方を対象に、脳に溜まったアミロイドベータを取り除く薬剤です。
今回は、その副作用について取り上げます。
レカネマブで特に注意が必要な副作用は、ARIAと呼ばれる脳の異常所見です。厚生労働省のガイドラインによると、脳にむくみが生じるタイプと、小さな出血が生じるタイプがあり、いずれもプラセボと呼ばれる偽薬を投与した場合より高い頻度で確認されています。多くは症状を伴わず、定期的な脳のMRI検査で見つかる程度のものですが、まれに頭痛やめまいなど症状を伴う場合もあります。このため、投与を開始する前後は、定期的に脳のMRI検査を行いながら治療を進める必要があります。また、投与を始める前の時点で、そのような所見がある場合は、投与の対象から外れます。このほか、注射に伴う発熱や寒気といった反応も、珍しくありません。こうした副作用の管理には、定期的な検査と、専門医による経過観察が必要です。レカネマブを検討する際は、効果だけでなくこうしたリスクについても理解しておくと良いでしょう。
(出典:厚生労働省ガイドライン/詳細はページ下部)
2-7. レカネマブの対象と分かったら――本人と家族で考えること
検査結果を本人に伝えることが一律に負担になるとは限らないという報告もあり、治療を始める前に本人・家族・医療者でしっかり話し合うことが大切です。
検査の結果、レカネマブの対象となる可能性があると分かったとき、家族の間でまず悩むのが「本人にどう伝えるか」ということです。「アルツハイマー病になる可能性が高い」と本人に伝えることは、本人を不安にさせ、傷つけてしまうのではないかと案じる家族は少なくありません。
これについて、国内の研究班が興味深い報告をしています。将来アルツハイマー病になる可能性が高いという検査結果を本人に伝えたグループを、その後1年近く追跡したところ、不安やうつ症状、心の傷つきを示す症状について、目立った悪化は見られなかったといいます。もちろん個人差はありますが、正直に伝えることが一律に本人を追い詰めるとは限らないことを示す結果です。
そのうえで大切なのが、治療を始める前に、本人と家族、そして医療者の間でしっかり話し合う時間を持つことです。レカネマブは効果がある一方で、副作用のリスクや、2週間に1回という通院の負担も伴います。何を大切にしたいか、どこまでのリスクなら受け入れられるかは、本人と家族で答えが違って当然です。一人で、あるいは家族だけで抱え込まず、紹介先の医療機関でも遠慮なく疑問や不安をお伝えください。納得したうえで治療を選ぶことが、何よりも大切です。
(出典:慶應義塾大学の研究/詳細はページ下部)
2-8. 薬だけに頼らない――認知症予防のための生活習慣
国際的な報告では14の生活習慣要因への対処で認知症のおよそ45%は発症を遅らせたり防いだりできる可能性があるとされ、飲酒・食事・運動・睡眠・つながりが基本になります。
認知症は、薬だけで防げるものではありません。国際的な医学誌Lancetに発表された2024年の報告によると、14の要因が「コントロール可能な危険因子」として示され、これらに対処することで認知症のおよそ45パーセントは発症を遅らせたり防いだりできる可能性があるとされています。
若い頃の教育、中年期の難聴や高血圧、過度な飲酒、高齢期の運動不足、うつ病と社会的孤立、高LDLコレステロール(悪玉)と視力低下が主な要因としてあげられており、特にうつ病や社会的孤立は精神科にとって重要な視点です。具体的な生活習慣としては、お酒を飲みすぎないこと、ご飯は腹八分目で食べること、適度に体を動かすこと、質の良い睡眠をとることが基本です。周囲とのつながりや、日々の小さな幸せを大切にする気持ちも重要といわれています。国内の大規模な調査報告では、魚を日常的によく食べる人は、そうでない人に比べて将来の認知症のリスクがほぼ半減するという結果となっています。緑茶を1日2~3杯飲む人は認知機能低下のリスクがおよそ4割低く、高齢の方ではコーヒーを1日1杯以上飲むことでも同様にリスクが下がります。特別なことではなく、当たり前の生活習慣の積み重ねが予防につながるということです。薬による治療が必要になる前の段階から、こうした生活習慣を意識しておくことが、将来の自分自身への備えになります。
(出典:Lancet委員会報告・国内研究・書籍/詳細はページ下部)
2-9. 家族が認知症と診断されたら――精神症状や行動変化との向き合い方
徘徊や妄想などの行動心理症状(BPSD)への対応は、薬に頼らない工夫を優先するのが原則で、家族だけで抱え込まず周囲の専門職を頼ることが大切です。
認知症では、記憶障害そのものだけでなく、徘徊や妄想、興奮、暴言といった、周囲を悩ませる症状が現れることがあります。これらは行動心理症状(BPSD)と呼ばれ、本人の性格や環境、周囲との関わり方によって現れ方が大きく変わります。
例えば、物を置いた場所を忘れて「盗られた」と訴える物盗られ妄想は、身近で世話をしている家族に向けられやすいものです。頭ごなしに否定するのではなく、一緒に探す姿勢を見せることで、本人の不安が和らぐことが多いです。徘徊についても、無理に閉じ込めようとするのではなく、外に出たくなる理由に目を向けることが対応の糸口になります。
認知症関連学会が合同でまとめたガイドラインによると、そのような精神症状や行動の変化への対応は、環境の調整やケアの変更、リハビリテーションの利用といった、薬を使わない工夫を優先し、それでも症状が改善しない場合に初めて薬の使用を検討するのが原則とされています。一方で、他者に危害を加えるおそれが高い妄想や、強い攻撃性など、緊急性が高い場合は、ためらわず認知症専門の医療機関につなぐべきだともされています。
大切なのは、家族だけで抱え込まないことです。辛いときはためらわず、ケアマネージャーや医師など周囲の専門職を頼ってください。
(出典:BPSDガイドライン・書籍/詳細はページ下部)
2-10. これからの認知症医療――新しい薬と検査の広がり
血液検査によるアミロイドベータ推定技術や、レカネマブに続く新薬ドナネマブの登場など、早期発見・治療の選択肢は広がりつつあります。
これまで見てきたように、アルツハイマー病は症状が現れる15年から20年も前から、脳の中で変化が始まっています。この早い段階でアミロイドベータの蓄積を見つけ、治療や生活習慣の改善につなげようという考え方を、先制医療と呼びます。
これを後押ししているのが、血液検査でアミロイドベータの蓄積を推定する技術の進歩です。国内ではまだ保険適用されておらず研究・自費診療の段階ですが、関連学会のガイドラインでは、この血液検査を、負担の大きいアミロイドPET検査や脳脊髄液検査の前段階の絞り込みとして活用することが期待されています。
また、レカネマブに続く薬として、ドナネマブという新しい抗体薬も登場しました。厚生労働省のガイドラインによると、ドナネマブは4週間に1回の点滴で投与し、治療開始からおよそ1年をめどに、画像検査でアミロイドベータが十分取り除かれたと確認できれば投与を終えられる仕組みを持っています。2週間ごとに投与を続けるレカネマブとは異なる特徴です。
一方で、新しい治療を届けることだけでなく、認知症になっても本人らしく暮らせる社会をつくる共生の視点も重要です。予防と治療、そして共生は一続きのものです。当院としても、地域の身近な相談先として、早期の気づきと専門医療機関への橋渡しという役割を担っていきたいと考えています。
(出典:厚生労働省ガイドライン等/詳細はページ下部)
出典・参考文献
「認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力」
「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究(JPSC-AD研究)」
「認知症とは?認知症をきたす主な病気」
「Can the clinical sign "head-turning sign" and simple questions in "Neucop-Q" predict amyloid β pathology?」
「認知症疾患診療ガイドライン2017」
「認知症に関する脳脊髄液・血液バイオマーカーの適正使用ガイドライン 第3版」
「最適使用推進ガイドライン レカネマブ(遺伝子組換え)」
「The psychological impact of disclosing amyloid status to Japanese elderly: a preliminary study on asymptomatic patients with subjective cognitive decline」
「Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet Standing Commission」
「Association Between Dietary Fish and PUFA Intake in Midlife and Dementia in Later Life: The JPHC Saku Mental Health Study」
「A longitudinal cohort study demonstrating the beneficial effect of moderate consumption of green tea and coffee on the prevention of dementia: The JPHC Saku Mental Health Study」
「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン 第3版」
「最適使用推進ガイドライン ドナネマブ(遺伝子組換え)」
「認知症の人の自動車運転免許に関する意見」
3. レビー小体型認知症
3-1. レビー小体型認知症とは
レビー小体型認知症はアルツハイマー型に次いで多い認知症で、幻視・パーキンソン症状・認知機能の変動・レム睡眠行動障害を特徴とします。
認知症といえばアルツハイマー型認知症が有名で、認知症の約半数を占めます。それに次いで多いのがレビー小体型認知症で、認知症の約2割を占め、国内では50〜90万人程度と推計されています。三大認知症は、アルツハイマー型認知症(約50%)・レビー小体型認知症(約20%)・脳血管性認知症(約15%)です。
男性に多く、男女比は男性2:女性1で、65歳以上で多く発症しますが、40〜50代で発症する人もいます。発見したのは日本人の精神科医・小坂憲司先生で、1976年に発表して以来、今では世界中でその概念が知られる認知症となっています。
レビー小体型認知症は、幻視やパーキンソン症状、認知機能の変動、レム睡眠行動障害を特徴とする認知症です。始まりの多くは「物忘れ以外」の症状で、認知機能の低下はある程度進行してから現れます。初期には、うつ、パーキンソン症状、幻視(ないものが見える)、誤認(見間違い)から妄想への発展などがみられます。ある程度病気が進行しないと症状がはっきりしないため、診断までに時間がかかることが多く、物忘れ以外の症状がメインである点が、アルツハイマー型認知症と対応が異なる特徴です。
3-2. レビー小体とは
脳内に出現する「レビー小体」というタンパク質が大脳皮質に広がることで症状が現れ、初期には物忘れよりうつや幻視が目立ちます。
脳内に「レビー小体」という特殊なタンパク質が出現し、これが大脳皮質(脳の表面)に広範囲に出現すると、レビー小体型認知症の症状が現れます。アルツハイマー型認知症とは病変が異なるため、初期から中期においては症状が異なる点が多くあります。
アルツハイマー型認知症では初期から物忘れが目立つのに対し、レビー小体型認知症では初期には物忘れが目立たず、うつ症状、レム睡眠行動異常(大声の寝言や睡眠中に暴れる)、幻視や誤認(見間違え)、自律神経症状(便秘やふらつき)が出現します。
3-3. 診断が難しい理由
物忘れが目立たず、認知機能の日内変動もあるため、初期には見逃されやすく他の疾患と間違われやすい病気です。
物忘れが目立たず、さまざまな症状が出現するレビー小体型認知症は、初期には診断が難しいことが多い病気です。CTやMRIといった頭部の画像検査でも、アルツハイマー型認知症にみられるような脳の萎縮(脳のやせ)が目立たず、物忘れ検査でも正常値を示すことが多いため、初期には見逃されやすい傾向があります。
また、レビー小体型認知症の特徴の一つに認知機能の日内変動があり、ぼーっとしている時間としっかりしている時間帯を繰り返します。家族が話しかけても反応が鈍く「おかしいな」と思っても、翌日にはいつも通りしっかり受け答えするため、家族も思い違いかなと感じてしまいます。
初期症状が他の疾患と間違われやすいことも、見逃されやすい理由の一つです。幻視は統合失調症や老年期精神障害などの精神疾患、うつはうつ病、筋肉のこわばりや歩きにくさはパーキンソン病、睡眠中に大声を出す症状はレム睡眠行動異常、便秘やふらつきは加齢に伴うものと、それぞれ別の疾患に見えてしまいます。物忘れを主訴とするアルツハイマー型認知症と違ってさまざまな症状が出るため診断されにくく、中高年になって幻視やパーキンソン症状、睡眠中の行動異常などが出現したら、レビー小体型認知症を疑ってみることが大切です。
3-4. 正しい診断を受けるために
本人と家族がそれぞれの視点から症状を伝えることが診断の決め手になり、神経心理検査と画像検査が行われます。
診断は神経内科や認知症診療を行っている精神科で行われます。特徴的な症状の有無が診断のポイントとなるため、本人だけでなく家族と一緒に受診して症状を伝えることが重要です。本人からは現在困っている症状(うつや幻視、パーキンソン症状など)を、家族からは普段の様子や寝ているときの様子(寝言がひどくなっていないか、寝相が悪く体を頻繁に動かしていないか、ときに暴れることもあるか)を伝えると、診断につながりやすくなります。
検査には神経心理検査と画像検査があります。神経心理検査では、物忘れの程度をみたり、時計を描く時計描画テストや図形を書き写す立方体模写、錯視や幻視の出やすさをみるテストなどで視覚機能を調べたりします。画像検査では頭部CTやMRIで脳の形をみますが、アルツハイマー型認知症では記憶に関する部分が萎縮するのに対し、レビー小体型認知症は病初期には脳の萎縮が目立たないことが多いため、認知症のタイプ分類の参考所見となります。大きな病院では、脳の血流低下を確認できる脳血流シンチグラフィーでより病初期に確認できることがあるほか、心臓への医薬品の集積をみる心筋シンチグラフィーという特殊な検査もあり、レビー小体型認知症ではこの集積が低下します。
3-5. 治療について
レビー小体自体を取り除く治療法はまだありませんが、症状ごとの薬物療法とケアの工夫で生活の質を維持できます。
レビー小体型認知症の治療では、症状の進行を抑えることが大きな方針となります。今のところ、脳にできた原因物質であるレビー小体を消したり、神経を元通りにしたりする治療法は見つかっていません。しかし、困っている症状を改善させたり、ケアを工夫したりすることで、本人の困りごとを解消し生活の質を維持することができます。
よくみられる幻視には、現在使用できる認知症の薬(ChE阻害薬)が有効と知られており、うつやパーキンソン症状、便秘などもそれぞれの薬を用いて改善を図ります。認知症薬や漢方薬でも幻視や妄想が改善しない場合には、少量の抗精神病薬を用いることもあります。ただし、レビー小体型認知症は薬の副作用が出やすいことも知られているため、副作用が出たら主治医に報告し、その都度内服調整をすることが大切です。薬物療法以外にも、介護保険で利用できるサービスを活用するとよいでしょう。
3-6. 幻視・錯視への対応
幻視は本人には現実として見えているため、強く否定せず「自分には見えないけれど」と共感的に受け止めることが基本です。
レビー小体型認知症では、視覚に関係する後頭葉の血流低下により、視覚に関する異常がよくみられます。幻視は、ないはずのものが、そばにいる人には見えないのに、本人にははっきりとありありと見える症状です。「小さい女の子が目の前にいるけどどこの子?」「亡くなった親戚がうちに来ている」といった訴えがみられ、誤認(見間違い)が幻視のきっかけになることも少なくありません。
壁にかけた衣類やタオル、床に置いた物のシルエットが人や動物の姿に見えてしまうなど、身近にあるものの輪郭や影が引き金になりやすいとされています。ものの形がゆがんで見えたり、実際とは違う大きさに見えたりする「変形視」と呼ばれる症状が加わることもあります。床や天井のラインが不自然に見える、物の輪郭が波打って見えるといった訴えも、見間違いが幻視に発展しやすい錯視の一種です。
幻視や見間違いを減らすには、室内の環境を整えることが有効です。部屋の明るさや影の出方、照度をなるべく統一することで、暗いところでの見間違いから幻視へ発展することを減らせます。幻視が現れたときは、「そんなことありえない!」と強く否定するのではなく、「自分には見えないけど、あなたには見えるんですね」とやんわりと、周囲の人には見えていないことを伝えましょう。病気が告知されていれば「そういうのが見える病気だから、見えて怖くなるのは無理ないよね」と理解を示し、「見えているけど何もしてこないよ」と安心させることも有効です。大抵の幻視は近づいたり触ったりすると消えるため、本人と一緒に近づいて触ってみることを促すのもよい方法です。ハエがたくさん飛んでいると殺虫剤をまいたり杖を振り回したりするなど、幻視が妄想に発展する場合には、やさしく手を握ったり背中をトントンとたたいたりして安心感を与えるようにします。
3-7. 転倒しやすさへの対応
アルツハイマー型の約10倍転びやすいとされ、環境の整備と声かけの工夫で転倒を防ぎます。
レビー小体型認知症では、動作緩慢、筋肉のこわばり、小刻み歩行といったパーキンソン症状が現れるのが特徴です。パーキンソン症状が出ると歩きづらさが出てきますが、最初の一歩が踏み出せない場合は床に目印をつけてあげると歩きやすいと言われています(平坦な床では歩行に支障をきたす一方、階段を登ったり障害物をまたいだりすることはできるという特徴を利用したものです)。
歩行介助を行う場合は「いち、に、いち、に……」と声をかけると歩きやすくなります。
レビー小体型認知症では、アルツハイマー型認知症に比べて転倒のリスクが大幅に高い(約10倍という報告もある)とされています。筋肉のこわばりと小刻み歩行のためにバランスを崩しやすくなることが背景にあります。対策としては、室内の動線上に物を置かない、滑りやすい敷物やマット類は使わない、電気コードを足元にかからないよう配線するといった環境の見直しに加え、廊下・階段・浴室への手すりの設置(介護保険の住宅改修制度が利用できます)が有効です。
3-8. 自律神経症状・薬への過敏性
起立性低血圧などの自律神経症状に加え、抗精神病薬に対する過敏性があるため、薬は少量から慎重に調整します。
自律神経症状も、レビー小体型認知症によくみられる症状です。自律神経には、活動する「交感神経」と休む「副交感神経」の2つがあり、交感神経は緊張したときや興奮したときに血管を収縮させて血圧や脈拍を上げ、副交感神経はリラックスしたときや睡眠状態のときに血管を拡張させて血圧や脈拍を下げます。
自律神経症状とは、この2つの神経がうまく切り替わらず身体の不調をきたすもので、起立性低血圧、多汗・寝汗・便秘・だるさなどとして現れます。レビー小体型認知症の人はこうした症状を複数もっていることが多いため、立ちくらみに注意し、室内温度も一定に保ち、水分補給を行って脱水にならないよう注意するとよいでしょう。
また、薬に対する過敏性にも注意が必要です。レビー小体型認知症は幻覚や妄想が出る病気ですが、それを抑える薬(抗精神病薬)に対して過敏性があり、副作用が出やすいと言われています。幻覚や妄想を抑えようと抗精神病薬を服用してパーキンソン症状が悪化し、転倒しやすくなることもあるため、処方してもらう際は少量から始め、副作用が出ていないか確認することが大切です。
3-9. うつ症状・パーキンソン症状への対応
約7割にうつ症状がみられ、励ましより安心できる環境づくりが大切で、パーキンソン症状には歩行介助の工夫が役立ちます。
レビー小体型認知症の発症前や初期にはうつ病の症状が出現しやすく、約7割の人がうつ症状をもっているといわれています。気分がふさぎ込み、悲観的でゆううつな状態がみられ、「私は役に立たない人間だ、死にたい」といった自己否定的な発言や、やる気が出ない、興味関心が減る、食事をとらなくなる、引きこもるといった様子もよくみられます。
コミュニケーションで大切なのは、本人の言うことを尊重してよく話を聞くとともに、孤独な状態にせず安心できる環境を整えることです。会話を増やすことは必要ですが、「がんばれ、やる気を出せ」という励ましは好ましくなく、なるべく考え込ませないような会話を心がけましょう。計算問題や記憶を問うようなことは、答えられない場合に自己評価が下がるため避けるようにします。身体状態に応じて台所仕事や植木の水やりなど何かの役割をもってもらうことや、太陽の光を浴びる外出、趣味活動、レクリエーションも効果的で、デイサービス通所につなげられるとよいでしょう。
パーキンソン症状は、脳内の神経伝達物質であるドーパミンが不足することによって起こり、ドーパミンの量が正常の20%以下になると症状が出現するといわれています。動作が緩慢になる、小刻み歩行、筋肉のこわばり、無表情などの症状に加え、姿勢を保つ・立て直す反射機能も低下するため転倒しやすくなります。介護者が苦痛に感じやすいのは動作緩慢で、本人の意思では体が動かず、介護者が動かそうとしても抵抗が強く時間がかかります。歩行介助の際は、本人が恐怖感をもっていることを踏まえ、前から手を引くのではなく横からサポートし、「1、2、1、2」と声をかけると歩きやすくなります。服装にも工夫が必要で、サンダルは避け、ズボンの裾は短く、両手を使えるようリュックを使うと便利です。
3-10. レビー小体型認知症と付き合うために
当事者の樋口直美さんは「病気を知り、ストレスを避け、笑うこと」の大切さを語っており、家族は本人のプライドを傷つけない対応が求められます。
レビー小体型認知症の当事者であり情報発信をしている樋口直美さんは、「私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活」という本を書かれています。樋口さんは、うつが初発症状で6年ほどはうつの治療が行われ、その後幻視が出現してレビー小体型認知症と診断されたそうです。
樋口さんは、病気について正しく知り、ストレスをできるだけ避け、笑って過ごす時間を持つことが症状の安定につながると振り返っています。介護する側にとっても、本人と一緒に笑い合う時間を持つことが互いの気持ちを軽くすると述べており、家族が意識してみるとよいポイントといえるでしょう。
レビー小体型認知症は、初期には物忘れや物事の判断力低下という症状が軽い場合が少なくなく、頭の回転がよく物事をよく理解し判断できることも多いため、一時的な気休めや本人に合わせた作り話をすると、矛盾してうそをつかれたと不信感をもたれてしまうことがあります。本人の話をよく聞き、訴えを受容して安心感を与えるようにしましょう。一方で、認知機能の日内変動があることにも注意が必要です。すごくはっきりして認知症がないと思えるくらいの受け答えができたと思ったら、急に頭の働きが悪くなり、記憶力・判断力が極端に低下してぼーっとした状態になることがあります。
家族や介助者は、本人のプライドや感情を傷つけないことを念頭に置き、強い否定や叱責はせず、幻視に対する不安を理解することが大切です。病気を理解して環境を整え(幻視や転倒の要因を家の中から取り除く)、一般的に夕方から夜間にかけて状態が悪くなりやすいため、その時間帯は一緒にいるようにするとよいでしょう。医療、介護保険、地域包括支援センターなど、さまざまな制度を利用し、家族も疲弊しないようにすることが大切です。
出典・参考文献
「私の脳で起こったこと レビー小体型認知症からの復活」
「レビー小体型認知症がよくわかる本」
「レビー小体型認知症の介護がわかるガイドブック」
「レビー小体型認知症の診断と治療」
4. 前頭側頭型認知症
4-1. 前頭側頭葉変性症とは
前頭側頭葉変性症は物忘れよりも性格変化や行動異常が目立つため、精神疾患と間違われやすい認知症です。
前頭側頭葉変性症とは、脳の前方に位置する前頭葉と、その後ろ側の側頭葉が少しずつ萎縮していくことで発症する認知症の一種です。もの忘れが目立つ一般的な認知症のイメージとは異なり、性格が変わってしまったり、対人関係でのトラブルや行動面の異常が先に現れたりする点が特徴です。
初期の段階では認知症だと気づかれにくく、性格の変化や社会性の低下が精神的な病気や他のタイプの認知症と誤って診断されてしまうこともあります。
前頭葉は、衝動的な行動を抑えて理性的にふるまったり、相手の気持ちをくみ取ったりする働きに加え、計画を立てて実行したり、物事への興味・関心を保ったりする役割を担っています。この部分の機能が低下すると、感情や行動のコントロールが利かなくなったり、周囲への配慮が難しくなったり、意欲が乏しくなったりといった変化が生じます。具体的には、本人に自覚のない社会的に不適切な行動、性的な発言の増加、同じ行動へのこだわりなどが挙げられます。ご本人にもご家族にも負担の大きい病気であるため、正しく理解したうえで症状に応じたケアを行うことが重要です。
4-2. 前頭側頭葉変性症の3つのタイプ
萎縮する部位によって前頭側頭型認知症・意味性認知症・進行性非流暢性失語症の3つに分類されます。
前頭側頭葉変性症は、症状の出方によって①前頭側頭型認知症、②意味性認知症、③進行性非流暢性失語症の3つに分類されます。それぞれ脳の萎縮する部位が異なり、その部位に合致した症状が現れることで分類されます。
有名なアルツハイマー型認知症は、脳の記憶を保持する海馬や頭頂葉後部(どちらかというと脳の後ろの方)が萎縮するため物忘れや物事の概念がわからなくなるという特徴がありますが、前頭側頭葉変性症はアルツハイマー型とは異なり、脳の前方部分の萎縮が特徴です。
脳に異常なタンパク質(タウ蛋白、TDP43など)が蓄積して発症することがわかっていますが、未解明な部分がとても多いのが現状です。欧米では30〜50%で家族歴がありますが、日本ではほとんど認められません。発症年齢はアルツハイマー型認知症と比べて比較的早いと報告されており、病気の進行もアルツハイマー型認知症に比べて早いといわれています。進行性に脳が変性する疾患であり、根本的な治療法はまだ見つかっていません。
4-3. 前頭側頭型認知症の症状
45〜65歳頃の比較的若い年齢で発症し、社会性の欠如や抑制の効かなさ、同じ行動の繰り返しなどが特徴です。
前頭側頭型認知症は、比較的若い初老期(45〜65歳頃)に発症することが多く、他の認知症と比べると50代など比較的早期に発症する傾向があります。脳の中で前頭葉は「人格・社会性・言語」を、側頭葉は「記憶・聴覚・言語」を主につかさどっているため、これらが正常に機能しなくなることで次のような特徴的な症状が現れます。
- 社会性の欠如:万引きのような軽犯罪を起こす、身だしなみに無頓着になるなど社会性が低下する
- 抑制が効かなくなる:相手に配慮ができない、暴力を振るう、服を脱いでしまう、性的なことを口にするなど抑制が効かなくなる
- 同じことを繰り返す:いつも同じ道順で歩き続ける、同じ食べ物ばかり際限なく食べ続けるなど
- 共感性の低下:他人に共感できない、感情移入ができない、突然立ち去ってしまうなど場に合わない行動をとる
- 自発性の低下:相手に言われたことをオウム返しする、いつも同じ言葉を言い続けるなど自発的な言葉が出なくなる
これらの症状がゆるやかに進行し、発症後平均6〜8年で寝たきり状態となります。
4-4. 前頭側頭型認知症の診断と治療
問診と画像検査で診断され、有効な根本治療はまだないため症状に応じた対症療法が中心となります。
前頭側頭型認知症が疑われる場合、まず「問診」を行い、特有の症状が出ているかを確認します。このとき本人以外の家族や本人の様子を知る人にも同席してもらい、自宅での様子を客観的に聞くことで診察を進めます。問診の結果、疑いがある場合は、アルツハイマー型認知症と区別するため頭部CTやMRIによって前頭葉や側頭葉前部に萎縮があるかを調べます。
アルツハイマー型認知症の場合は記憶を司る海馬から萎縮が始まりやがて脳全体が萎縮するため、CTやMRIでの区別の参考所見となります。必要に応じて、脳の血流を見る「脳血流シンチグラフィー」や「PET」と呼ばれる検査によって血流低下の部位を確認することもあります。
治療については、症状を改善したり進行を防いだりする有効な治療法はまだ開発されていません。前頭側頭型認知症特有の症状に対しては、対症療法として抗精神病薬や抗うつ薬を投与することが主に行われており、たとえば暴力や易怒性には抗精神病薬を、食行動異常やこだわりには抗うつ薬を使用することがあります。
4-5. 意味性認知症の症状
言葉は流暢に話せても言葉の意味がわからなくなる「語義失語」が特徴的な症状です。
意味性認知症の言語症状としては、聞かれた言葉の「意味」がわからなくなり、聞き返してしまうという特徴があります。たとえば「かばんを取って」と頼まれても、「かばんって何のことですか?」と逆に尋ね返し、周囲を戸惑わせてしまうことがあります。
実際にはかばんという物を目にすれば正しく使うことができるのに、その名称や概念そのものが思い浮かばないという独特な症状です。そのため、「か」「かば」というように言葉の一部をヒントとして与えても、意味の理解にはつながりません。
発話そのものは比較的スムーズで、文法的な誤りも少なく、なめらかに話すことができ、聞いた言葉をそのまま繰り返すこともできますが、言葉の「意味」だけが失われていくため、場面が変わっても同じ物や単語の意味がわからないままになります。進行とともに、言語以外の意味記憶にも影響が及び、知っているはずの人の顔が誰かわからなくなる、物の形は見えていてもそれが何かを言い当てられない、音を聞いても何の音か判断できないといった症状も現れてきます。病気がさらに進むと特定の行動へのこだわりが強くなり、物を繰り返し口に入れてしまう症状が出ることもありますが、いずれも根本的な治療薬はまだなく、症状に応じた対応が中心となります。
4-6. 薬物療法・非薬物療法
アルツハイマー型認知症の薬の効果は確立していない一方、症状にあわせた薬物療法と、こだわりを活かした作業療法的アプローチが役立ちます。
薬物療法については、アルツハイマー型認知症で使われるドネペジル・ガランタミン・リバスチグミンといった薬剤が前頭側頭型認知症にも同じように効果を示すかどうかは、はっきりとはわかっていません。それどころか、精神症状を悪化させてしまったという報告もあります。
同じくアルツハイマー型認知症の治療薬であるメマンチンについては、神経を保護する作用があることから、易怒性や衝動性など前頭側頭型認知症の精神症状にも一定の効果が期待できるとする報告があります。前頭側頭型認知症では、衝動的な行動や攻撃性、抑制の効かない言動など周囲が対応に苦慮する症状が見られやすく、転倒や骨折につながるほど歩き続けてしまう、突然怒り出す、眠れなくなるといった状態が続く場合には、薬による症状の緩和が必要になることもあります。使用される薬には、幻覚や妄想、興奮を抑える抗精神病薬、睡眠を整える睡眠薬、繰り返し行動を落ち着かせる抗うつ薬などがありますが、いずれも症状を完全になくすことは難しく、頻度や程度を和らげることを目標に、転倒などの副作用に注意しながら慎重に用いられます。
非薬物的なアプローチとしては、この病気に特徴的な「こだわりの強さ」や「同じ行動を繰り返す性質」、「周囲の刺激に影響されやすい性質」を逆手にとり、困った習慣を生活に支障のない習慣へと置き換えていく作業療法的な関わり方があります。前頭側頭型認知症では比較的最近の体験の記憶や体で覚えた動作の記憶が保たれやすいため、こうした「できること」を活かしながら、本人のこだわりの強さも味方につけて、日々のスケジュールの中に新しい作業を少しずつ取り入れていく工夫が有効です。最初は視覚的にわかりやすく失敗しにくい簡単な作業から始め、慣れてきたら取り組む時間を延ばしたり、本人に合った作業へと発展させたりしていきます。パズルや数合わせのように答えが決まっている作業、手芸や園芸のような趣味的な活動、散歩やラジオ・テレビ鑑賞といった日課、洗濯物をたたむなどの手伝いといった、幅広い活動が本人の状態に応じて役立ちます。落ち着いて取り組めるよう、笑顔で安心できる雰囲気をつくり、余計な刺激の少ない静かな環境を整えることも大切です。
4-7. 前頭側頭型認知症のケアの心構え
急激な変化を避けたワンパターンな生活を保ち、なじみの関係を築きながら本人の「持っている力」を活かすことが大切です。
前頭側頭型認知症のケアでは、急な変化や強い刺激に弱いという特性を踏まえ、できるだけ決まったパターンで日々を過ごせるようにすることが望ましいとされています。病気の比較的早い段階から性格が変わり、周囲への配慮を欠いた自己中心的な行動が目立つようになるため、施設や自宅でこだわりの強い行動をめぐってトラブルになることもあります。
無理に行動を止めようとすると怒りが強まることがあるため、行動そのものを制止するよりも本人の関心を別のことに向けるといった工夫をしながら、根気強くなじみの関係を築いていくことが対応の鍵になります。
支援する側が「特別な人」「怖い人」と身構えてしまうと、かえって関係を築きにくくなるため、自然体で接することを心がけましょう。そのうえで、決まった時間に同じ行動を繰り返す性質や、身の回りへの無関心、目や耳から入る刺激にすぐ反応してしまう性質、食の好みが偏ったり量が増えたりする変化など、この病気に特有の症状の現れ方を理解し、ケアに活かしていくことが大切です。歩き回る様子が続いていても危険がなければ見守ってよい一方、本人は疲れを自覚できずに歩き続けて転倒や骨折につながることもあるため、適度に休めるよう働きかける必要があります。ふだんの行動をよく観察すること、本人がどんな仕事や趣味を持っていたかなど生活史を知ること、言葉だけでなく身振りや実物を見せるといった伝え方の工夫をすること、静かで集中しやすい環境を整えること、無理に行動を止めたり強引に誘導したりしないこと、本人がもともと持っている力を活かすことも欠かせません。誤嚥や窒息につながりやすい食行動の変化についても、見落とさないよう注意を払いましょう。
4-8. 意味性認知症のケアの心構え
言葉の数が減っても発話意欲を尊重し、感情のこもった声かけやイラスト・写真の活用がコミュニケーションを支えます。
意味性認知症が進行すると、話せる言葉の数がだんだん少なくなり、決まった短い言葉を繰り返すことが多くなります。話の内容がうまく伝わらないときでも、本人が話そうとする気持ちを大切にし、周囲がその発話にしっかりと応えようとする姿勢を持つことが重要です。
言葉そのものの意味よりも、声のトーンや表情から伝わるものが大きいため、同じ場面を共有しながら気持ちのこもった声かけを続けることが、コミュニケーションへの意欲を保ち、発話を引き出すことにつながります。また、話すことと食べることは口や舌を使うという点で共通しているため、積極的に会話の機会を持つことは、口の機能を維持するうえでも意味があります。
得意なことや興味のある活動を見つけて日課に取り入れ、習慣として続けていくことも効果的です。以前していた仕事や趣味に関連する作業のほか、パズルや簡単な計算、文字を読んだり書き写したりする作業、歌を歌うことなどに集中して取り組める方も少なくありません。言葉による説明では理解しにくいことが多いため、イラストや写真、時計の絵などを使って目で見てわかりやすく伝える工夫も取り入れるとよいでしょう。
出典・参考文献
「前頭側頭型認知症&意味性認知症 こんなときどうする保存版」
「前頭側頭型認知症介護者・ご家族へ」
5. 認知症高齢者の自動車運転
5-1. 高齢運転者の現状
高齢運転者の増加とともに死亡事故の割合も増加傾向にあり、道路交通法の改正が続けられています。
高齢化が進むにつれて、車を運転する高齢者の数も増え続けています。警察庁の統計では、75歳以上で免許を持つ人は平成29年(2017年)の時点でおよそ540万人にのぼりました。年齢層ごとの死亡事故率をみると、85歳以上がもっとも高く、10代がこれに続き、80〜84歳、75〜79歳という順になっています。
交通事故全体は減少傾向にある一方、事故全体に占める高齢運転者の割合はむしろ増えてきており、身体機能や判断力の衰えが事故につながるケースが目立つことから、道路交通法の改正が重ねられてきた経緯があります。
なかでも大きな転換点となったのが平成27年(2015年)の改正で、75歳以上の免許更新時に認知機能検査と高齢者講習が導入され、認知症のおそれがあると判定された場合は医師の診断が必須となりました。これにより認知症の早期発見につながる一方で、免許を返納したあとも安心して暮らせるよう、地域での受け皿づくりが課題となっています。返納者向けの移動支援としては、自治体によってバスやタクシーの利用料を優遇する制度などが設けられている例もあります。
5-2. 運転が困難となる代表的な4つの認知症
アルツハイマー病・血管性認知症・レビー小体型認知症・前頭側頭型認知症は、それぞれ異なる形で運転に影響します。
認知症は早い段階で診断がつけば、物忘れや妄想などの症状だけでなく、火の元の管理や運転免許の返納といった生活面の課題にも余裕を持って備えることができます。代表的な4つの認知症は、それぞれ運転への影響の現れ方が異なります。
- アルツハイマー型認知症は患者数がもっとも多いタイプで、記憶をつかさどる脳の部位に病変が現れることから発症します。目立つのは、少し前の出来事や新しく覚えたことがすぐ抜け落ちてしまう記憶の障害です。運転中は、向かっていた場所をふと忘れて焦ったり、見慣れているはずの道でも方向がわからなくなったりすることがあり、車線をはみ出す、車体を擦るといった接触につながるケースが見られます。
- 血管性認知症は、脳梗塞や脳出血をきっかけに発症するタイプです。脳のどの場所に損傷が生じたかによって現れる症状に幅があり、片側への注意が向きにくくなる、手足に麻痺が残るといった影響が出ると、車の運転自体が難しくなります。
- レビー小体型認知症では、動作が緩慢になる、体がこわばるといったパーキンソン病に似た症状に加え、実際にはないものが見える幻視、そして日によって・時間帯によって頭のはたらきに大きな波があることが特徴です。こうした変動があるため、安全に運転を続けることが難しくなります。
- 前頭側頭型認知症は、脳の前側(前頭葉)が萎縮することで起こり、周囲への気配りが薄れる、社会のルールに無頓着になる、決まった行動を繰り返すといった変化が目立ちます。ハンドル操作などの運転技能自体は損なわれにくい一方、信号無視のようにルールを守れなくなることが、重大事故につながる恐れがあります。
5-3. 認知症と自動車運転の実態
認知症の疾患別に事故率が異なり、もっとも高いのは前頭側頭型認知症で、初期段階でも運転を継続してしまう方が少なくありません。
交通事故全体の件数はこの10年で大きく減ってきた一方、65歳以上のドライバーが起こす事故は思うように減っておらず、高速道路の逆走など認知機能の低下が疑われる事故も報道されるようになっています。認知症の人がどのように運転を続けているかを調べた調査では、診断を受けた後も運転をやめないケースが数多く見つかっています。
とくに発症したばかりの段階では、危険性が高いにもかかわらず本人がそのことに気づきにくく、家族だけで対応に頭を悩ませる状況になりがちです。
原因となる病気ごとに事故の起こしやすさを比べた研究では、前頭側頭型認知症の患者さんの事故率が突出して高く(約6割強)、信号無視やわき見による追突が目立つとされています。次いでアルツハイマー病(約4割)では目的地を忘れる・道に迷う・車庫入れでの接触が、血管性認知症(約2割)ではハンドル操作やギアチェンジの誤り、速度を一定に保てないといった特徴が報告されています。ごく初期の段階でも安全な運転が難しい患者さんは少なくないため、判断に迷うときはまず安全確保を優先する姿勢が求められます。
5-4. 自動車運転に関する法律・認知機能検査
道路交通法では認知症と判明すると免許の取り消し・停止ができると定められ、75歳以上には認知機能検査が義務付けられています。
法律上、運転者が認知症と判明すると、都道府県の公安委員会は免許を取り消したり、一時的に効力を止めたりすることができます。治る見込みがなければ免許は取り消され、半年以内に回復する可能性があれば、その間は効力停止という扱いになります。
こうした判断のきっかけとなるのが、75歳以上のドライバーに義務づけられている認知機能検査です。免許更新のたびに受けるもので、今日の日付や曜日・時刻を答える課題、いくつかの絵を覚えてあとから思い出す課題、時計の文字盤に指定の時刻の針を描く課題という、3種類の検査で構成されています。ここで機能低下が疑われると、医師による詳しい検査(臨時適性検査)に進み、そこで認知症と診断されれば、免許の取り消しや停止という結果になります。
5-5. 運転する目的や意味への理解
運転を中止するには、本人にとって運転が何を意味するのか(移動手段か、楽しみ・生きがいか)を理解することが第一歩です。
長年運転してきた方が認知症になり、車を手放さなければならなくなったとき、すんなり受け入れられることはあまり多くありません。中止をスムーズに進めるカギは、その人にとって運転がどんな意味を持っているのかを理解することにあります。
あるアンケート調査(40歳以上を対象)では、車を使う場面として男性は仕事や通院、女性は買い物や家族の送迎を挙げる人が多く、高齢層では買い物や通院がとくに目立ちました。同じ調査で運転の意味を尋ねると、約7割は単なる移動の手段と答えた一方、残り約3割は「趣味」「生きがい」「自立の証」といった特別な意味を込めており、高齢になるほどその傾向が強まる結果でした。
運転にどんな意味を見出しているかは人それぞれなので、中止したあとに必要になる支えも一人ひとり違います。中止に強く抵抗する背景には、本人には自分が病気であるという自覚が乏しく、行動を制限されること自体への抵抗感があります。一方、家族の側にも、本人の自由を奪ってしまうことへの後ろめたさのような気持ちが働いていることがあります。介護をしている家族の多くは「代わりに運転してくれる人がいれば」と考えますが、実際にそうした人が見つかっても、本人が中止に納得しないことは少なくありません。
5-6. 運転している人が認知症になったとき
早めに正確な診断を受け、本人・家族・医師で話し合いながら、運転の代わりとなる手段を一緒に探すことが大切です。
車を運転している家族に「もしかして認知症では」と感じる様子があれば、まず医療機関で正しい診断を受けることが出発点になります。ひと口に認知症といっても種類によって現れる症状は異なるため、診断の結果とあわせて、運転にどう影響するのかを担当医から具体的に聞いておくとよいでしょう。
運転を安全に続けることが難しくなっていく病気だからこそ、本人を交えて家族・関係者で話し合いの場を持ち、医師からも中止の必要性を伝えてもらうことが助けになります。
本人が車に何を求めているかがわかれば、運転をやめたあとの代替策も考えやすくなります。買い物や通院など生活の足として使っている場合は、家族や知人の協力、地域の移動サービスなどを探します。趣味や生きがいとして車に乗っている場合は、デイサービスや老人クラブ、趣味の講座、ふれあいサロンなど、運転に代わる楽しみを地域で見つけていくとよく、市町村の窓口でも相談を受け付けています。
5-7. 運転をやめない場合の対応
信頼している第三者から伝えてもらう、鍵を預かるなどの工夫のほか、最終手段として医師から公安委員会への届け出制度もあります。
家族がどれだけ強く訴えても、運転をやめてくれないことは珍しくありません。自分の能力が落ちていることに気づけないまま、認知症であること自体を認めず、中止の話を受け入れないケースもあります。そんなときはまず、なぜ運転を続けたいのかという本人の言い分にじっくり耳を傾けることから始めましょう。
子どもの言葉には耳を貸さなくても、信頼を置いている親戚や友人、主治医の言葉なら届くこともあります。危険な運転がどうしても続く場合、車の鍵を預かる、バッテリーを外して物理的に動かせなくするといった手段を取らざるを得ないこともあり、こうした対応は警察署や運転免許センターに相談しながら進めることもできます。認知症と診断され医師から中止を伝えられているのに運転をやめない場合には、医師が公安委員会へ届け出る制度もあり、届け出を経て免許が取り消されることになります。ただしこれはあくまで最後の手段で、できる限り本人の納得を得ながら、代わりの移動手段を一緒に考えて自主的な返納にたどり着くのが望ましい形です。説得に時間がかかりそうなときは、その間家族が同乗して運転の様子を見守るようにしましょう。
いったん中止に応じても、そのこと自体を忘れてまた運転しようとしてしまうことも起こり得ます。そうした場合には、運転を控えるよう記した主治医からのメモを目につく場所に貼っておくといった工夫が役立ちます。家族の運転に「認知症かもしれない」という不安を覚えたときは、何よりもまず本人の安全を最優先に考え、危険だと感じたなら診断の有無にこだわらず、近くの警察署や免許センターに相談することから動き出しましょう。そのうえでできるだけ早く医療機関を受診して診断を受け、症状が日常生活や運転にどう影響するかを担当医からよく聞きます。本人にとって運転がどんな意味を持つかを踏まえたうえで、代わりとなる移動手段や、市町村の高齢者福祉窓口・地域包括支援センター・ケアマネジャーといった支援先を探していくとよいでしょう。
5-8. 運転中止後の生活支援
移動支援サービスや地域の協力を活用しながら、運転に代わる生活の手段を早めに整えていくことが望まれます。
バスや電車が少ない地域に住んでいる場合、同居家族がいれば買い物のたびに付き添うといった工夫が考えられますし、一人暮らしや高齢者だけの世帯であれば近所の人や友人に移動を手伝ってもらえないか頼んでおくのも一つの方法です。食材や日用品を届けてくれる宅配業者、地域独自の移動支援や外出支援の仕組みがある場合もあるので、市町村の窓口で聞いてみるとよいでしょう。
運転をやめると仕事や収入に直結してしまうといった事情でなかなか踏み切れない場合でも、できるだけ早いうちから車に頼らない生活へと切り替えていく準備を進めることが望まれます。相談できる家族が身近にいないときは、市町村の高齢者福祉・介護の担当窓口や、近くの地域包括支援センターに相談先を求めることができます。
出典・参考文献
「認知症高齢者の自動車運転を考える家族介護者のための支援マニュアル第2版」
「高齢者の運転問題と対策」
「臨床医のための高齢者と認知症の自動車運転」
「高齢運転者の交通事故防止対策に係る警視庁の取り組みについて」
「認知症と自動車運転・治療的対応からケアまで」
6. 認知症予防
6-1. 認知症予防への関心の高まりと軽度認知機能障害(MCI)
軽度認知機能障害(MCI)の段階であれば予防や回復の可能性があり、認知症になってからでは元に戻らない点が重要です。
高齢化が進むなか、認知症への社会的な注目は年々高まっています。厚生労働省の推計では、65歳以上で認知症を抱える人は2020年時点でおよそ600万人、2025年には700万人規模に達するとされ、これは高齢者のおよそ5人に1人にあたる数字です。
「認知症」という言葉を知らない人はまずいませんが、その手前の段階にあたる「軽度認知障害(MCI)」については、まだあまり知られていません。
MCIとは、認知症と診断されるほどではないものの、同世代の人と比べて物忘れや判断力の低下がやや目立つ状態を指します。MCIのまま放っておくと軽度の認知症へと進む可能性がありますが、その移行率は年間でおよそ5〜15%程度とされる一方、逆に健常な状態へ戻る人も年間16〜41%程度いると報告されています。ただし、いったん認知症の段階まで進んでしまうと、MCIの状態に戻ることは基本的にありません。現代の医学では認知症そのものを治すことはできず、できるのは進行を遅らせることまでですが、その手前のMCIの段階であれば予防に取り組む余地があり、早めに対策を始めることで認知機能を維持したり、むしろ改善させたりできる可能性があります。
6-2. 「年齢相応の物忘れ」と「病的な物忘れ」の境界
体験の一部を忘れる「年齢相応の物忘れ」と、体験そのものを忘れる「病的な物忘れ」の境界にあたるのがMCIです。
MCIは、加齢によるふつうの物忘れと、認知症と呼べるレベルの物忘れとの、ちょうど中間に位置する状態といえます。
- 加齢によるふつうの物忘れでは、大事なことはきちんと覚えていられる一方、些細なことを忘れがちになります。体験の一部を思い出せなかったり、思い出すのに時間がかかったりはしますが、自分が忘れっぽくなっていることを自覚できており、その程度が急激に悪化していくこともありません。
- これに対し、病的な物忘れでは、重要な出来事でもすぐ忘れてしまい、しかも体験したこと自体が記憶から抜け落ちてしまいます。本人には忘れている自覚がなく、忘れる程度は時間とともにどんどん進んでいきます。
両者の境目ははっきりしないこともありますが、認知症と診断できるほどではないにせよ、年相応とは言い切れない物忘れがある状態がMCI、つまり健康と病気の中間にあたるグレーゾーンです。
6-3. 認知症と診断されるポイント
認知機能の低下により日常生活に継続的な支障が出ていることが診断のポイントで、MCIの段階なら脳にはまだ回復の余力があります。
認知症だと判断される決め手になるのは、記憶力・言葉の理解・推理力・段取りを組む力・空間の把握力といった認知機能の低下によって、日常生活に無視できない支障がずっと続いていることです。脳が萎縮しているかどうかも判断材料の一つにはなりますが、発症初期の段階では画像上に目立った変化が見られないこともあります。
すでに認知症の段階まで進んでから治療を始めた場合、進行のペースを緩めることはできても、認知機能を大きく取り戻すのは難しいのが実情です。それに対して、グレーゾーンであるMCIの段階であれば脳にはまだ持ち直す余地が残されており、早めに手を打つことで認知症への進行を防げる可能性があります。MCIと言われたからといって必ず認知症に進むわけではなく、この時期にどう対応するかが、その後の認知機能を大きく左右します。
6-4. 受診先と診断の流れ
かかりつけ医や物忘れ外来などに相談し、問診と心理検査・画像検査を通じて診断が行われます。
「もしかして認知症では」と気になり始めたときは、まずかかりつけの医師に相談し、専門の診断を受けられる先を紹介してもらうのが近道です。かかりつけ医が認知症サポート医であれば、その場で診断してもらえることもあります。
ほかにも、物忘れ外来などの専門外来、認知症疾患医療センター、神経内科、認知症診療に対応している精神科・心療内科などが相談先になります。
診断の流れとしては、まず本人と家族への問診が行われ、気になっている症状の内容、いつごろから変化が見られるか、生活への支障の有無、持病や服用中の薬などが確認されます。そのうえで、認知機能を測る心理検査と頭部の画像検査を組み合わせて診断が下されます。画像検査で目立った異常が見つからなくても、それだけで安心はできない点には注意が必要です。
6-5. 予防対策の3本柱
生活習慣の見直し・脳を鍛えるトレーニング・薬による対応の3本柱で取り組むことが、認知機能の維持・向上につながります。
MCIと診断されたら、そこから認知症予防に本格的に取り組むことができます。柱になるのは、生活習慣の見直し・脳を鍛えるトレーニング・薬による対応の3つです。
- 生活習慣の見直し:認知機能低下の背景に治療可能な原因(薬の影響、甲状腺機能の低下といった身体疾患、頭部のけがなど)があれば、まずそちらの治療を優先します。
- 脳を鍛えるトレーニング:有酸素運動や筋力トレーニング、歩きながら会話する・話しながらメモを取るといった「2つを同時に行う」課題、指先を使う細かい作業、みんなで行うゲーム(後出しジャンケンなど)、合唱、楽器演奏、自治体主催のイベントへの参加、絵画やちぎり絵・塗り絵といった創作活動、料理、テーマを決めて昔の思い出を語り合うことなど、脳へ多方面から刺激を与える活動が該当します。
- 薬による対応:認知症の多くは脳の神経が変性していくことで起こるため、進行を抑える目的で抗認知症薬を使う選択肢もあります(ただし服用を始めると運転はできなくなります)。MCIやごく初期のアルツハイマー型認知症を対象に、進行を遅らせる点滴タイプの新しい薬も登場してきています。
なかでも特に力を入れたいのが、脳の働きそのものを高めるトレーニングです。脳の変性を完全に止めることはできなくても、残っている機能を最大限に活用できれば、認知機能を維持したり、むしろ伸ばしたりできる可能性があるとされています。
6-6. 認知症を防ぐ要因・進行させる要因
食事・運動・社会交流といった防御要因と、運動不足・生活習慣病などの危険要因を知り、本人が楽しめる形で生活に取り入れることが大切です。
発症を遠ざける方向に働くとされているのは、魚を積極的に食べる、ビタミン類や葉酸をしっかり摂る、オリーブオイル・全粒穀物・野菜・果物・豆類・ナッツ・魚を中心とした地中海式の食事、お酒はほどほどにとどめる、体を動かす習慣を持つ、人との付き合いを絶やさず知的好奇心を刺激する趣味を続ける、といった生活の要素です。逆に発症のリスクを高めるとされるのが、人付き合いの少なさ、運動不足、喫煙、飲みすぎ、脂肪分の摂りすぎをはじめとする過食、ビタミン不足、生活習慣病、うつ病、脳血管の病気、成人後の頭部外傷などです。
日々の暮らしのなかでは、家に閉じこもりきりにならないこと、生活習慣病をきちんと管理することが基本になります。人と顔を合わせて会話したり一緒に何かに取り組んだりする時間は脳をよく働かせるので、ただ外出するだけでなく、人と自然に会話が生まれる場に足を運ぶことが効果的です。高齢者クラブやサークル、町内会の活動、続けてきた仕事、自治体主催の催し、スポーツクラブ、デイサービス、ボランティアなどが具体例として挙げられますが、本人が乗り気でない活動を無理強いするとかえってストレスになりかねないため、本人が「やってみたい」と思えるものを選ぶことが何より大切です。囲碁や将棋も予防に役立つとされますが、記憶力の低下で勝負にならなくなってしまう場合は、難易度を調整しやすいPCゲームなどに切り替えるのも一つの手です。とにかく「楽しめること」が続けるコツになります。
高血圧・糖尿病・脂質異常症といった生活習慣病をしっかりコントロールすることも、予防の面で欠かせません。生活習慣病は食生活の偏りや運動不足、ストレスの蓄積によって悪化しやすいため、食事・運動・必要に応じた薬物療法の三方向から管理していきましょう。
6-7. 食事の工夫
魚・野菜・緑茶を多く含む食生活が、認知症の発症リスクを下げると報告されています。
長生きしている人たちの食生活を調べると、魚・野菜・緑茶をよく口にする人ほど、認知症になりにくい傾向があると報告されています。魚の脂に含まれるDHAやEPAといった不飽和脂肪酸は、脳の構成成分としても多く、神経細胞間の情報のやり取りを円滑にする働きがあるとされます。
野菜や果物のビタミン類、ブロッコリーなどに含まれるポリフェノールにも発症リスクを下げる効果が期待されており、緑茶を毎日飲む習慣がある人は、そうでない人より発症リスクが低いというデータもあります。赤ワインもぶどうの皮由来のポリフェノールにより、グラス1杯程度であれば良いとされますが、飲みすぎればかえって認知機能を下げかねないため、量には注意しましょう。
6-8. 運動と知的刺激
有酸素運動や筋トレに加え、2つのことを同時に行う「二重課題」が脳を効果的に刺激します。
体を動かすこと自体に、認知機能を保つ効果があります。筋力やバランス感覚が衰えている人は、そうでない人に比べて発症リスクがおよそ3倍になるという報告もあります。具体的には、息が弾む程度の早歩きのような有酸素運動、椅子を支えに無理なく行える全身の筋力トレーニング、片足立ちや一直線歩行のようにバランス感覚を養う運動などが役立ちます。
一方、脳への刺激という観点では、歩きながら会話する、テレビを見ながらメモを取る、料理をするといった、2つの作業を同時にこなす「二重課題」が効果的とされています。指先を使う細かい作業や、後出しジャンケン・囲碁・将棋のようにみんなで楽しめるゲーム、合唱、楽器や絵画といった新しい趣味に教室や自治体のイベントを通じて挑戦すること、家族・仕事・かつて住んでいた土地などテーマを決めて思い出を語り合うことも、良い刺激になります。
6-9. その他の生活習慣の工夫
読書や園芸、楽器演奏、日記など、日常に取り入れやすい工夫も認知症予防に役立ちます。
ほかにも、日常のなかで気軽に取り入れられる工夫がいろいろあります。
- 読書:頭を使う活動として予防に役立ちます。黙読だけでも構いませんが、声に出して読むとさらに効果が高まるとされ、新聞を読む習慣があるなら一部だけでも音読してみるとよいでしょう。
- 園芸:じっと座って読むより体を動かすほうが好きな人には、家庭菜園や花壇の手入れが向いています。
- 楽器演奏:楽器を演奏したり、カラオケで歌ったりするのもよい方法です。
- サプリメント:不足している栄養を補おうとするあまり摂りすぎてしまうと弊害が出ることもあるため、量には気をつけましょう。
- 質の良い睡眠:日中に適度な運動をして心身ともにほどよく疲れることが、夜の深い眠りにつながります。日常生活のなかで歩く歩数を少しでも増やす工夫を心がけましょう。
- 日記:毎日書く習慣も効果的です。字を書く動作自体が、指先を使う知的な作業になります。
- 規則正しい生活:毎朝決まった時間に起き、1日3食を栄養バランスよく決まった時間に摂り、昼寝は30分程度にとどめ、日々や週単位の予定を決めて過ごすことなどが挙げられます。
出典・参考文献
「まだ間に合う!今すぐ始める認知症予防 軽度認知障害(MCI)でくい止める本」
「もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる」
7. 認知症と間違われやすい病気(高齢者てんかん)
7-1. 高齢者てんかんとは
高齢者てんかんは65歳以上で新たに発症するてんかんで、加齢に伴う病気のひとつであり、静かで地味な発作が特徴です。
てんかんというと子どもの頃に発症する病気というイメージを持つ人が多いかもしれませんが、年齢を重ねてから初めて発症するタイプも存在します。それが高齢者てんかんで、主に65歳を過ぎてから発症し、幼少期からの持病というわけではありません。
成人後に発症するてんかんの多くは脳卒中や頭部のけがなどがきっかけになりますが、高齢者てんかんはそうした明確な原因がなくても起こりうるもので、年齢を重ねれば誰にでも起こる可能性がある、いわば老化に伴う病気のひとつといえます。
もっとも大きな特徴は、発作そのものが地味で目立たないことです。てんかんの発作というと激しいけいれんや、泡を吹いて倒れるといった激しいイメージがありますが、高齢者てんかんではそうした症状はほとんど見られず、ふと意識が飛んで数十秒ほど動きが止まる程度です。そこから意識が戻る過程でぼんやりとした状態が続くことがあり、この様子が認知症と見分けがつきにくくなります。発症率はおよそ100人に1〜2人とされ、50人規模の介護施設であれば1人は発症していてもおかしくない計算になります。
7-2. てんかんの仕組みと症状
てんかんは脳の神経細胞が異常に興奮することで起こり、けいれんを伴わない発作もあります。
てんかんは脳の病気の一種です。脳の外傷や腫瘍、奇形といった構造的な原因がある場合もあれば、そうした原因が見当たらない場合もありますが、いずれのケースでも発作時には脳波に異常な波形が現れるという共通点があります。
ふだん脳の神経細胞どうしは絶えず情報をやり取りしており、外部からの刺激を受けると興奮して、微弱な電気信号を隣の細胞へと伝えています。てんかんの発作では、この電気信号のどこかに異常な興奮が生じ、誤った信号や不要な信号が周囲の神経細胞や別の領域にまで波及してしまいます。これが発作として表に現れる仕組みです。
「てんかん=激しいけいれんで倒れる病気」というイメージを持つ人は多いですが、けいれんはあくまで発作の現れ方の一つにすぎません。一点を見つめてぼんやりする、口や手を意味もなく動かし続けるなど、意識がはっきりしないまま体が勝手に動く「複雑部分発作」と呼ばれるタイプの発作もあります。高齢者てんかんでは、こうした派手なけいれんではなく、一点を見つめる、口や手をもぞもぞ動かす、あるいは動作そのものが止まってしまうといった、複雑部分発作の形で現れることが多いのが特徴です。
7-3. 高齢者てんかんの発症年齢・症状・発症率
高齢者てんかんの発症率は従来のてんかんより高く、介護施設では6.8%という報告もあるものの、見逃されやすい疾患です。
高齢者てんかんの発症は65歳以上が中心ですが、50代で発症するケースも見られます。子どもの頃に発症する従来型のてんかんの発症率が人口の0.8〜1%程度(およそ100人に1人)であるのに対し、65歳以上に限ると発症率はおよそ2%近くまで上昇し、従来型より高い水準にあります。
国内の介護老人福祉施設を対象にした調査では有病率が6.8%にのぼったという報告もあるものの、高齢者てんかんという病態自体があまり知られていないため、見逃されがちな疾患でもあります。
見逃されやすい理由の一つは、発作が起きても周囲が気づきにくいことです。多くの場合、突然意識が途切れて数十秒ほど動作が止まり、そこから回復するまでの数分から数時間、寝ぼけたような状態が続きます。激しいけいれんや泡を吹いて倒れるといった他の発作型と違い、目に見える異変が乏しいため、そばにいる家族でも見過ごしてしまうことが少なくありません。
7-4. 認知症と間違われやすい理由
意識混濁や受け答えの乱れが認知症と似ているため誤診されやすく、発作後は通常の本人に戻る点が認知症との違いです。
高齢者てんかんは、それまでまったくてんかんと縁のなかった人にも起こり、症状としては激しいけいれんではなく軽い意識の混濁として現れます。ぼんやりして受け答えがちぐはぐになる、話しかけても反応が返らない、直前の行動を覚えていないといった様子から、認知症と誤解されるケースが少なくありません。
病院で認知症と診断され、そのための薬を処方されることもありますが、認知症治療薬では高齢者てんかんの症状は良くなりません。正しく診断を受けて抗てんかん薬を服用すれば、症状は改善します。
両者を分けるポイントは、症状が現れているときの様子とその後の経過です。高齢者てんかんでは、意識が混濁して動作が止まり、口や手が無意識に動く「自動症」と呼ばれる状態が数分間続いたあと、数分から数時間ほど寝ぼけたような「もうろう状態」に入ります。この間は話しかけても通じず、ときに暴言が出ることもありますが、発作さえ終われば通常はいつもの本人に戻ります。これに対して認知症では、元の状態に戻ることなく、症状がそのまま進行していく点が大きく異なります。ただし、認知症とてんかんが同時に起こることもあるため、見分けが難しい場合もあります。
7-5. 高齢者てんかんを疑う症状チェックリスト
動作が突然止まって反応がなくなる、口や手をもぞもぞ動かすといった様子が繰り返しみられたら、脳波検査を受けることが勧められます。
次のような様子が繰り返し見られる場合は、高齢者てんかんの可能性を念頭に置き、脳波検査のできる医療機関(神経内科、脳神経外科、脳波検査に対応した精神科病院など)を受診することをおすすめします。
- ふだんの生活や仕事は問題なくこなせている
- 急に動きが止まり、呼びかけても反応が返ってこないことがある
- 無意識に口をもぐもぐさせる、体を揺する、腕を動かすといった仕草が見られる
- 意識を失っていても倒れることはあまりない
- 数十秒から数分すると、何もなかったかのように動作を再開する
- 本人はその間の記憶がない
- 意識が戻ったあとも数分〜数時間ぼんやりしている
- 些細なことで怒りっぽくなったり、意味もなく声を出したりする
- 調子の良し悪しの差がはっきりしている
- 目の焦点が合っていないように見える瞬間がある
高齢者てんかんによる意識障害には、リラックスしているときに起こりやすい、意識を失っても転倒には至らずそのまま立ち尽くすことが多い、しびれ・閃光・異臭といった前兆をほとんど伴わない、睡眠中にけいれんが生じることがある、意識がある状態とない状態が混在する、口をガムを噛むように動かす自動症を伴いやすいといった特徴もあります。こうした症状は本人よりも周囲が気づきやすいため、いつどんな様子だったかを家族が記録しておくと、受診時の診断に役立ちます。
7-6. 治療について
抗てんかん薬で発作をコントロールでき、自分に合った薬をみつけることが治療の基本です。
てんかんの発作は、大脳の神経細胞が異常に興奮し、誤った電気信号を周囲に送ってしまうことで起こります。抗てんかん薬は、この脳の異常な興奮を抑えて発作をコントロールするための薬です。現在は古くから使われてきた薬剤に加え、新しいタイプの抗てんかん薬も登場しており、種類は豊富にあります。
ただ、どの薬が効くか、副作用が出ないかは人によって異なるため、自分の体に合う薬に出会うまで数か月単位の時間がかかることも珍しくありません。
いったん発作が薬でコントロールできるようになったら、その後は自己判断で服用をやめないことが何より重要です。飲み忘れがきっかけで発作が再び起こることもあります。副作用としては眠気やだるさが比較的よく見られますが、薬の種類によって現れ方はさまざまなので、気になる症状があれば自分だけで判断せず、必ず主治医に相談しながら量や種類を調整してもらいましょう。副作用を理由に自己判断で減薬・中断すると発作の再発につながるため、避けなければなりません。
7-7. 高齢者てんかんと診断されたときの生活上の注意点
入浴・調理・運転など、発作時に危険が及びやすい場面ごとに具体的な注意点があります。
高齢者てんかんの治療は薬による発作のコントロールが基本ですが、自分に合う薬にたどり着くまでには時間がかかります。薬の効果が安定するまでの間は、次のような点に気を配りましょう。
- 水回りへの注意:発作時にもっとも危険なのが水にまつわる場面です。水泳や釣りといった水辺での趣味は控えたほうが安全です。自宅の入浴でも、湯を張った浴槽で発作が起きると事故につながりかねないため、症状が落ち着くまではシャワーで済ませる、一人では入浴しない、家族が声をかけながら見守るといった配慮をしましょう。
- 台所仕事への注意:火や刃物を扱う家事は要注意です。調理中に発作が起きてやけどを負ったり、包丁を落として手を切ったりする例が報告されているため、IH調理器や電子レンジを活用する、カット野菜を使うなどして刃物や火を使う場面自体を減らす工夫をし、アイロンがけも症状が安定するまでは控えましょう。
- 高い場所・階段への注意:転落や転倒の危険がある階段やエスカレーターはできるだけ避け、エレベーターを利用しましょう。
- 運転はしない:てんかんの診断を受けると、発作が2年間なければ運転を再開できるという基準がありますが、それまでは症状が不安定なままの運転が重大事故につながる恐れがあるため、絶対に避けてください。
- 発作の引き金になりやすい要因を避ける:睡眠不足、疲労の蓄積、強い不安やストレス、過度の飲酒などは発作を誘発しやすいため、なるべく遠ざけるようにしましょう。
7-8. 治療開始後に気をつけたいこと
治療開始直後は副作用や発作が起こることがあるため、家族の観察情報を伝えながら根気強く薬を調整していきます。
治療を始めたばかりの時期は、体がまだ薬に慣れていないために副作用が出たり、血中の薬の濃度が十分でないために発作が起きたりすることがあります。時間をかけて量や種類を調整していけば、多くの場合は発作を抑えられるようになりますが、その過程でも通院のたびに気をつけたいことがあります。
診察にはできるだけ家族も同席し、本人の普段の様子を伝えることが大切です。発作が起きたこと自体を本人が自覚していない場合もあるため、そばで見ていた家族からの情報が診断の重要な手がかりになります。発作が起きた日時や様子をメモしておく、可能であればスマートフォンで様子を撮影しておくといった準備があると、診察がスムーズに進みます。あわせて、眠気・発疹・イライラといった副作用の有無も忘れずに伝えましょう。
抗てんかん薬のなかには血中濃度の目安が定められているものも多く、定期的な採血によって濃度を確認する必要があります。肝臓や腎臓の機能、血液の状態を調べる検査も、副作用の早期発見のために欠かせません。誰でも薬の飲み忘れはあり得ますが、抗てんかん薬の場合は飲み忘れがそのまま発作の再発につながるため、「しばらく発作が出ていないから大丈夫」と油断しないようにしましょう。
出典・参考文献
「そのとき何が起きていたのか!! 患者と家族の体験談でわかる『高齢者てんかん』のすべて」